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猫池罵詈雑言雑記帳
2019/08. 8  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  31 
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「だんだんだんだん中華人民共和国に似てきましたなァ・・・わが国は」
 オレは近ごろ(といってもよほどの近ごろではないが)、本心からそう感じている。

 さきに愛知県を舞台に起きた「表現の不自由展」をめぐる事件。
 オレには、今般の事件と開き直る一部政治家や為政者らと、天安門事件をなきものとせんとする中華人民共和国当局とが、極めて近しいシロモノに思えてならない。

 まだしも、わが国ではこうした(それがたとえ個人の落書きレベルであろうと)発言がいちおうは許され、ネットを含む一部メディアで繰り返し報道されていることを考えると、まだ引き返す余地があるようだ。もっともテレビ番組はほとんど・・・ニュース系番組にいたってはまったく見ないので・・・、そちらがどうなっているかはわからないのだが。

 それにしても、犯罪行為を“これ幸い”とばかりに利用する為政者。
 そんなザマを見るにつけ、わが祖国からは思想の自由はおろか、基本的人権すら失われつつあるのではあるまいかとも思う。

 大学法学部出身の知人が嘆いていた。

「法学部で最初に学んだのが基本的人権で、まさに基本中の基本といえるものだと思います。ところが、最近の様子を見ていると、(法学部を出た)専門家や法学部の学生らが、『●●をぶっ殺せ!』などと平気で発言している。こんなことは考えられませんし、とても恐ろしいことですよ!」

 それに対し、オレは「憲法改定をめぐり、もっぱら9条が取りざたされますが、本丸は基本的人権ではないのかと考えているんです」と応じた。その先にあることのひとつは、基本的人権にしばられない立法が可能になるということである。

 わが祖国よ。引き返すならいましかない。手遅れになって、被害を受けるのははたしてだれなのか。国民のひとりひとりが、もっと真剣に向き合わなければならないのではないかと思う。祖国を中華人民共和国のようにしたくないのであれば。


※念のため:中華人民共和国のすべてを否定しようとは考えていないし、実際に訪れるなりしてみれば、なおさらである。あの国には魅力的なひとも多数いれば、素晴らしい文化だって持っているし、いい意味での発展も著しいように感じる。個人的には友人だっている。そう、友人が・・・である。
 中国にせよ、韓国にせよ、たとえそれらの国々の当局や一部勢力に問題があろうとなかろうと、彼らをあげつらってバカにしたり敵視しているヒマがあるのであれば、友人のひとりでもつくる努力をしてもいいのではないのか。そのほうがよほど楽しく充実した生き方ができるのではないかと思うのですがね。

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 なんか、日増しに祖国のことあれこれを考えるのが苦痛ばかりになっていきますなァ……。

 ところでシンちゃんよ。
 アンタにはこの有名な唄をプレゼントだ。 



 アンタ、このタテマエ上の作詞・作曲者よか愚かにて悪辣、哀れだと思うが、ねえシンちゃん。いつまで逃げようってんだ、「ワタシハヤッテナイ」ってよ。爺さんの墓前にとある報告をするまでか? しかし、万が一にもそれが成就した途端、アンタ用済みで切り捨てられるのが関の山だぞ。

「バカとハサミは使いよう」
 とかなんとかJ&S親子あたりがほくそ笑みそうだ(まっ、単なる暇つぶしの想像ですがね)。 
 
 話は飛ぶけど。
 外国出張のさいにおデートをしていた亡国もとい某国の“ガールフレンド”はお元気ですか? もとより、同じ女性かどうかはいいざ知らず。
 ここ数年の出張はエアライン便が使えないので会いに行けないそうじゃないか。アンタのお友だち(お医者さん)が心配してましたよ。

(なんのバグか、途中から文字を大きくしたはいいけど、サイズ変更ができなくなってしまったので、そのままにしてしまいました。)


「なんでそこでアメリカが出てくるのよ?」

 仕事の手を休め階下に行くと、年老いた我が母堂がTVのニュースショウを見ていた。
 題目は南北問題。27日に実現したあの歴史的瞬間などについて、そのスジの専門家やら自称専門家らが論評ないし出任せを番組司会者らとともに繰り広げるというテの番組である。

「あの会談のニュースを見て、真っ先に思い浮かんだのが拉致被害者のこと。一刻も早く帰国できるといいのだけれど……」
  母堂はそう思っていたという。

 とうの番組ではなかなかその拉致被害者問題の話題が出てこなかったが、しばらく見るともなしに見ていると、やっとこさという風情でこの話題がめぐってきた。すると、

「アメリカ(合州国)と北朝鮮との会談に期待したいですね(要旨)」
 とのコメントが真っ先に飛び出したのである。
 冒頭のひとことは、それを受けてすぐさま飛び出したものだ。

 別段、日ごろから政治がどうの北朝鮮問題がどうのというワケでもなくとも、ごくごく素朴に当然ともいえる疑問に結びついたということであろう。まったくもって同意するほかはない。

 ──ったく、そのつもりがあるならアベが北朝鮮に乗り込んで交渉してこいってんだよな……。まぁ、乗り込んだところで平壌冷麺がどうのという話で終わりかねないからおとなしくしてるほうが恥をかかなくて済むかもしれませんなァ(笑・笑いごとではないが)。
 
  ※29日午後に配信された時事通信の短文記事
文在寅大統領は27日の南北首脳会談の結果を説明し、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に対して日本人拉致問題を提起したと報告した=29日午前、首相官邸(リンク記事)

※同じく29日午後の時事通信配信
トランプ大統領が同日の安倍晋三首相との電話会談で、「日本の拉致問題を即座に解決するよう北朝鮮に促す」と伝えたことを明らかにした。(リンク記事)
(前者はアベの写真とともに配信されていたが、ここでも主体は日本側にはない。いったいどうしたことか?)

 あの会談を受けての「板門店宣言」の署名や南北両首脳のスピーチは、TV中継で目撃させてもらった。久々に感動を覚えた。それも猛烈に。

 このまま順調に進んでほしいという願いの一方で、はたしてどのような障害が待ち受けているのか、それらをどのように克服してゆくのか。一筋縄でいかないかもしれないことは百も承知のうえだが、まさに歴史的快挙の瞬間であったと思う(北朝鮮の先代と先々代時代を含む道のりについては、たとえば『ソウルと平壌』や『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』、『金正日 隠された戦争 金日成の死と大量餓死の謎を解く』──いずれも萩原遼著・文春文庫──などを参照されたい)。

 そんな歴史的大事件にあって、我が祖国・日本国からのコメントや動きは驚くほど乏しいのが気にかかる。

 そんななか、ネットのヘッドラインには、「日米首脳が電話会談」「認識が一致」といった米国主体の見出しが並ぶ。

 たとえばつぎの記事──
日米首脳、北朝鮮非核化へ行動要求=南北会談は「歴史的一歩」(時事通信29日)

安倍晋三首相は28日夜、米国のトランプ大統領と電話で約30分間会談し、27日の南北首脳会談について、北東アジアの平和と安定に向けた歴史的一歩として歓迎すべきだとの認識で一致した。(リンク記事)

 見出しだけを見るといかにも日米間で「会談」したかのようではあるが、そうではあるまい。単に米国側にご意向伺いをし、その結果を「一致」とウソぶいているだけではないのか?

 リンク記事はこう締めくくっている。
日米首脳電話会談に同席した西村康稔官房副長官は、南北会談で拉致問題が取り上げられたかどうかについて、記者団に「具体的なやりとりは控えたい」と語った。(同前)

 ようはなにもないのだ。アベを筆頭に、自民党のほとんどの面々はどうしていいのかさっぱりわからないのだ。おそらくは優秀であろうハズのトップ官僚をしても、主体的に動けるだけの意識も情報も持ち合わせていないのであろう。あきれ返るほどの属国ぶりではないか。

 こんな体たらくだからこそ、ほかならぬ日本と北朝鮮との間の大問題である拉致被害者問題についてすら、米国だの韓国だのの顔色を伺いつつ、「ジャンケンの後だし」をするタイミングをはかるのがせいぜいなのだと考えざるをえない。

 そういえば、26日には「2018年報道の自由度ランキング」とやらを伝えるニュースがあった。北朝鮮が最低位にあるのはともかく、我が祖国・日本は180中67位だったという。韓国の43位からも遠く引き離されたザマを国際的に見せつけたワケである。

 しかし、前から思っているのだが、「自由度」という見出しは必ずしも正しくないのではあるまいか? ポルノや詐欺的商品のCMなどが手放しに近い状況で跋扈しているニッポンは、むしろ「自由度」は高い。その気になれば相当の部分まであからさまに報道することだってできないハズはなく、その点で北朝鮮などと比較するのはムリがある場合もあるだろう。

 むしろここでは「マスコミのバカ度」。バカで悪ければ「(権力に対する)従順度」、あるいは「家畜度」としてもいいが(いや、こんな物言いは家畜に対して失礼かな?)、ようは主体的に腐っているのである。「自由」云々などという高尚なレベルにないのがわが国の実態ということであろう。心底情けない……。
(誤解を避けるための蛇足だが、今回引用させてもらった時事通信社がそうだとは言っていないので念のため。)


 ふだんなら目にしただけで素通りするレベルの雑報だが、ちょっとばかり仰天したので、紹介だけしておきたい。

北朝鮮で餓死者続出、拉致被害者奪還の好機 家族会「いまを逃せば大変なことになる」
 (「夕刊フジ」2018年3月31日)

 すごいね、この見出し。

 いくら北朝鮮を利用したいからといって、「ひとの道」に真っ向から反するごときの見出しをつけるウヨクメディアの正体とは、いったいなんなのだろうと思う。これでは、自国民に対し人権の「じ」の字も与えようともしない北朝鮮当局とまったく一緒だと思うのだがどうだろうか。

>「数十万」とも「200万」ともいわれる餓死者が相次いだ1990年代の「苦難の行軍」の再来を懸念する声も上がっているという。正恩氏が追い詰められた今、日本には拉致被害者奪還の好機が訪れている。(リンク記事)

 と本文でも書き連ねている。
 ここでダシにされている「苦難の行軍」の再来が事実云々かどうかはともかく、それで金正恩が「追い詰められ」ていると自覚しているのであれば、それはそれで評価すべきことかもしれない(父親・正日と比べてのことだが)。

 この「200万」人にも及ぶ犠牲者が取りざたされている大量餓死事件について、先に亡くなったジャーナリストの萩原遼は、金正日による故意の大量虐殺事件だと看破している(『金正日 隠された戦争 金日成の死と大量餓死の謎を解く』文春文庫2006年/ほか)。そこには、自国民の大量死に対し座したまま手をこまねいていたのではなく、“敵”と位置づけられたひとびとを消すために仕組まれたワナ──食糧配給の停止などによって──というのである。言い換えるならば、このときの独裁者であった金正日はけっして「追い詰められ」てはいなかった。したがって、もし自国民が窮しているのに対し、息子・正恩が「追い詰められ」ているというのであれば、これはあの国にとって大きな進歩だという皮肉な見方だってできることになろう。

 そういう意味において、交渉の「好機」としたいのであれば理解はできる。北朝鮮当局が韓国や中国との間で対話の場を設けたことは事実であり、さらに米国との対話すら現実のものとなる可能性だってあるからだ(記事では、こうした事実に目を背けたいのか、日本が置き去りにされているなんていうのは錯覚だとでもいわんかのごとしである。哀れで泣けてくる)。

 だが、この恥さらしな「見出し」。
 あたかも人間の悲惨な死を福音としたいがごとしの姿勢
 悪辣な独裁者とそのもとで虐げられているひとびととの区別がついていないかのような幼児性(多少でもそういう常識を持っていれば、こんな見出しは避けるだろう)。
 フジサンケイというメディアの正体が、これほどわかりやすい見出しという意味では、天晴れというほかはない(フェイクニュースの実績もありますな)。

 それはそれとして……。
 北朝鮮問題において、米中露の介入をできるだけ少なくすべきだとオレは考えている。
 それは、なんらかの武力含みによる「ハードランディング」が取り返しのつかない結果をもたらすと考えていることがひとつと、北朝鮮解放後という大きな場面・時代においてが国がぜひリーダーシップをとってほしいと願っているからだ
 そう単純な問題でないことは承知のうえだが、あの国のインフラの整備をはじめ、農業や工業といった産業育成、教育や医療、さらにはエンタテイメントなどのビジネスチャンスにもつながらないワケがない。残念ながら、いまの政権のママでは、そんな前向きな近未来をデザインすることはとうてい不可能であろう。

■オマケ:
「バカのひとつおぼえ」あるいは(マンガのなかの)「壊れたロボット」みたいに「改憲・改憲」とさわぐ愚か者リーダー。あの男のオツムのなかには、祖国のデザインなどはなく、単に祖父の墓前にある成就を報告したいだけなのであるまいか。彼ののたまう「改憲」とは、ようはそういう「改憲」なのかもしれない。少なくとも彼のオツムのなかでは……。
 

 一連のアベ不祥事。
 もはや言い逃れなどできないと、いくらかでも常識を持ち合わせていれば理解できているハズなのだが、いまだのらりくらりと追求かわしに躍起になっているアベ政権。いよいよ死に対だと考えるのが当然というものであろう。同時に、そうはならないかもしれないというのが、ニッポンという国の正体でもある。とんだ恥さらしであり、残念なことだ。嗚呼、美しき日本(笑)。

 その“忠臣”のひとりである佐川某をスケープゴートにしてはならないのは当然だが、その佐川某を含め、アベ一族およびその取り巻きについては、国家によって一生の生活と仕事を保障すべきだというのが、オレが考える理想論だ(まぁ、そういう法律はいまのところないので「夢想」でしかないのだが)。ここでいう「保障」とは、もちろん自由との引き換えにおいてこそ遂行される(佐川某のような忠臣が切り捨てられるのは、北朝鮮のそれによく似ている。まァ、3000万円とも言われる“ご褒美兼口止め料”つきだし、“人間ミンチ”にされることもないのだが。しかしカネがないだの国民をあおっておいて太っ腹なものですな)。

 公文書偽造や破棄(言うとおりであればだが)という重大な犯罪行為が跋扈しているわが国ニッポンだが、こうしたザマを目の当たりにすると、たとえば先の戦争における“汚点”の言い逃れも容易に理解できるというものだ。韓国がことさらに問題提起している従軍慰安婦問題も然り。中国における“南京大虐殺”もそのひとつ。“公式な”書類云々(でんでんじゃないぞ)と取りざたしてあったことをないとするその姿勢は、今般一連のザマと根っこは一緒なんだなぁといまさらながら呆れ返るほかはない。証拠隠滅と時間稼ぎ。そのうち騒ぎも収まるだろという猿知恵以下の発想である。

 もっといえば、たとえば水俣病や原爆後遺症などといった自国民に対する補償問題もこれらと同類。さらに、天皇の退位問題だって同様に通じているのだと考えざるをえない。
 自国内の問題でさえこうなのである。いわんや外国(宗主国であるアメリカ合州国を除く)に対して、こんな国家がどうして真摯に向き合おうか? 心底情けない。

 それにしても、とりわけネット上の落書き(これもまぁ、その一種かもしれないが)を見れば、韓国に対する悪口雑言は相変わらず多い。オレ自身も自分なりにあの国を“ウォッチ”していて、問題点や欠点めいたところが多々あることは十分に承知しているつもりだが、それでもわが祖国よりは三権が機能している面があると考えざるをえない。

 たとえば、さきの朴のおっかさんは「懲役30年および罰金1185億ウォン」が求刑された(2月27日ソウル中央地裁)。相棒の崔アジュンマにも懲役25が求刑されている。

「国民から委任された大統領の権限を私有化して国政を壟断し、憲法の価値を毀損した」
「その結果、被告は憲政史上初めて罷免され、韓国の憲政史に消せない汚点を残した」

 というワケだが、コレを、
「国民から委任された首相の権限を私有化して国政を壟断し、憲法の価値を毀損した」
 と“書き換え”てもなんら違和感がないのが、われらがアベ政権ではないか(笑)。
 願わくば、
「その結果、罷免され、日本の憲政史に消せない汚点を残した」
 と断罪されてほしいものだが、それができるかどうかは、日本という国が正常な民主主義国家であるかどうかを示す重要な指標となりうることだけは指摘しておく必要がある。断っておくが、これは韓国がどうだからという話ではまったくない。
 
 それにしても現代ニッポン。
 日本という美しい国を殺伐とさせたのはあの小泉純一郎だとオレは考えているが、これを一歩進め、日本という美しかった国を出鱈目に陥れたのがほかならぬ安倍晋三だ。
 じつは、さらに進めて、「日本を破滅させる人物」についてもあくまで個人的な妄想としてある人物を想定しているのだが、公言は差し控える(あたりまえだ)。だが、幸いにしてまだそれなりの猶予が残されている。美しき国を取り戻すチャンスはなくなったわけではない……。

※なお、著名人に関しては「敬称略こそ最大の敬称」であるとの持論から、当ブログでは、該当する人物については原則それに沿った記述としてあります。
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