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猫池罵詈雑言雑記帳
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「未だに言論統制 に怯えているのかねぇ、大マスゴミさんはよう」
 もろもろのアベ関連事件をめぐる友人のコメント。
 ベタっていやぁいえるが、実際にそうなんだろうから仕方がない。逆に「怯えている」のでないとすれば、一心同体、共犯、類はなんちゃら・・・なんでもいいが、友人いうところの「大マスゴミ」連中は、未来永劫アベ政権が続くとでも勘違いしているということなのかもしれない。バカですね(笑)。

 ところで、前回のアップにほんの思いつきで「安倍尊師」とのフレーズをふってみたが、「ひょっとして?」と思いネットで検索してみたところ、すでに一般的用語になりつつあることがわかった。どうやら、安倍晋三と麻原彰晃との間の親和性のようなものに気づきはじめているひとが存外少なくないらしい。

 麻原とアベ。両尊師。違いはある。
 なんら権力がなく、「己独自の理想」を実現させんがために殺人事件やらテロやらを演じた麻原尊師・オウム真理教に対し、安倍尊師・自称自由民主党(よくもまぁこんな恥ずかしい名前を名乗っていられるもんだよな・嗤)には権力もカネもあるワケだ。冒頭のマスコミ云々もそのひとつではあるが、アベのやってることといったら「己独自の理想」を実現させんがために権力を悪用し、都合が悪ければ法律を変えてまでも合法的にすればいいということであり、なかにはもちろん憲法違反の疑いさえ広範に指摘されているようなことまで含まれている。麻原やオウム真理教がやればテロであっても、アベ自民党がやるぶんにはそうはならないというワケだ(念のため、オウム真理教がやらかしたもろもろのテロや殺人などを正当化するという意味ではもちろんない)。
 まぁ、麻原オウムがエボラ出血熱ならば、アベ自民は新型インフルエンザってところかな? というジョークも成り立つかもしれない。

 いまひとつは、オウム真理教の熱心な信徒とアベ自民党の信徒おっと熱心な支持者との間にもある種の共通点を(個人的な見方として)認めている。キーワードのひとつは「ハルマゲドン」。自分たちだけは助かると勘違いしているのかどうかはわからないが、オレの目には自殺志願者にすら見えなくもない。なにをやろうと自由というものだが、せめて関係のないひとを巻き添えにしないでもらいたい。ホント、お願いしますよ。

 アベっていえば、あのトランプのおとっつぁんのところへ真っ先にシッポを振りに出かけていた根っからのヤプー。背景というかたくらみというか、あれこれ言われてはいるけれど、オレの目にいまひとつ映ったのは、麻原がしきりに喧伝していたダライラマとの握手写真である。アレをみて「ああみえても麻原ってのはすごい人物なのかもしれない」とだまされたひともいるのだろうが、ある種の喧伝のためという点で、麻原のダライラマとアベのトランプとの間には共通点があるとみる。
 わが国の馬鹿連中はこの「参上」を褒め称えているようだが(TVはみないのでわからない部分が多い)、これもまた冒頭の指摘と同様に、トランプなり共和党政権がアメリカ合州国で永遠に続くとでも勘違いしているのかもしれない。くわえて、あのザマを示したことはすなわち、米国の反トランプ勢力やEU、アジア諸国などもろもろに対して「あっち側」についたことを公にしたということになった意味を真剣に反芻する必要がある。

 トランプ以前のオバマからハードに嫌われていたともいわれるアベではあるが、あくまでオレ個人の邪推として、アベがいわれのない事情(差別感情)によってオバマを嫌っていた可能性はないのかと想像することもある。少なくとも、オレはあのアベという男がその程度の人物だと思っているワケだ。もっとも、アベの信者(単に支持者というレベルだと、カネモウケに都合がいいからなどとの事情も考えられるので、信徒という言葉がピッタリだ)のオツムの具合も教祖と似たり寄ったり(思想・信条云々──うんぬん。でんでんじゃないYO──ということではなく)のようで、ネットニュースへの投稿欄などをひまつぶしにチェックするとそのザマがあからさまで面白い。ぁあ、その点は麻原の信者とは違いますなァ(笑)。

 で、今回のタイトルだが、あの「尊師マーチ(麻原マーチ」(ショーコーショーコーというアレね)を替え歌「安倍マーチ」にしようかと思ったのだが、まったく語呂が合わない。そこで、アベハラシンゾーとしたところ、♪シンゾーシンゾーシンゾシンゾジンソー あ・べ・は・ら・シンゾー・・・という按配で、しっくりときてめでたしめでたしという話。

 

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 まぁ、ついでにいえば、「キレやすい」あたりもよく似てるわな。

 テレビはほとんど見ないので、実際のところどうなっているかわからない部分もあるが、少なくとも新聞のテレビ欄をチェックした範疇で、「共謀罪」(墜落を不時着といいくるめる式の「テロ等準備罪」でもいいが)に関する国会審議などが、彼らの自称ニュース番組でそれなり以上に取り上げられているフシはみられない。
 仕方がないので(笑)、たとえば「しんぶん赤旗」の配信をチェックすることになるワケだが、そこではおそるべき事態が進行していることがあからさまにされている。

メール・ラインでも共謀罪 日常会話が「犯罪」に 衆院予算委 金田法相 認める

 リンク記事によれば、<電話やメール、若者を中心に普及している無料通信アプリ「LINE(ライン)」上でのやりとりでも「共謀」が成立しうるとの考えを政権側が示したという。<さらに、メールや「ライン」で使われている“顔文字”やイラストなどで伝えても成立しうると認め>たというのだから驚くほかはないが、注目すべきは警察の恣意(しい)的な解釈・捜査で、メールなどを使った日常会話が犯罪の「共謀」に仕立て上げられる危険が鮮明にな>ったという点であろう(<>内リンク記事から)。これはつまり、一般市民の側になんらそうした意図なかなろうと、共謀罪容疑(広義)に該当しうるかどうかを決め、かつ摘発や捜査の実行を決めるのは、あくまで当局側だということだ。


 こういう指摘をすると、「なにもやましいことないのであれば、裁判で明らかにすればいい」という善良な意見が飛び出す(たとえば、某ポータルサイト上のヘッドラインチェックすると、そのテの読者投稿をみかける)。では、たとえば痴漢だの殺人だのの容疑がのちに裁判で晴れたとしても、実際に容疑者とされたひとびとがそれほどの苦衷を味わっているか、その片鱗程度は同サイトのヘッドラインでも報じられることだってあるハズだ。そういうことを知ったうえでの落書きにすぎないかもしれないが、バカも休み休みいえと思う。

くわえて、メールなりラインなりでのやりとりを同罪に問うためには、前提として通信傍受(盗聴)が不可欠。一方的に容疑を向けられたが最後、当然のこととして、パソコンやスマホは証拠物件として押収され、事件もとい「事件すら起きてない容疑」とはなんら関係のないプライバシーに関するもろもろが当局によって蹂躙されてしまうのだ。
 なんとも寒々しい法案であり、わが国のザマではあるが、北朝鮮だの中華人民共和国だのを敵視するなり嫌うなりしているひとびと(オレもまぁけっして好きではないし、北朝鮮の現政権が崩壊することを個人的に期待しているが……)は、はたして自らの祖国がそうした窮屈な国々を模倣するように進んでいることをどれだけ自覚しているのだろうか?

 いや、これはテロ(だれによるなにを標的とした?)対策だから、北朝鮮だのとは違う。そう考えるムキもあろう。しかし、前段に記したように、法を運用するのは一方的に当局・権力者の側であり、なんにつけそれが同罪容疑として該当しうるかどうかを決めるのは彼らだという点に気をつけなければならない。なんら犯罪を犯してもいなければ、なにに加担するつもりもないのに摘発される可能性がある。言い換えれば、北朝鮮当局による暴虐の数々だって、彼らにしてみれば、この「共謀罪」と同じ論理かもしれないではないか。


 まぁ、この論理でいけば、「テロ支援学園」だの「テロ支援宿泊施設」だの「テロ支援宗教法人」だのといったお題目をでっち上げることも可能であろう。


 話は変わるが、「安倍晋三記念小学校」が話題になっている。
関連して、学校法人森友学園が運営する塚本幼稚園の運動会(2015年度)において、「安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ。安保法制国会通過よかったです。日本がんばれ。エイ、エイ、オー」と園児に唱和させていたことを大西健介氏(民進党)が衆院予算委員会で取り上げた。答弁に立ったアベシンゾー、一応は「適当ではない」としながらも、(学園がある)「大阪市が判断すべきこと」とまったくの他人任せ。コトの重大さをこれっぽちも理解していないようだ(そういや、あのオウム真理教の一連の麻原ソングのなかに「フレ~! フレ~! 尊師!」なんてのがあったな。「進めオウム みんなのために~。戦えオウム 真理のために~」とかいってさ。ひょっとして安倍尊師か?)。よかったねぇ、言論の自由が保障されててさ。


 しかしまぁ、しみじみと思ったのは、独裁者というのはやっぱ似てくるものなんだなァ……ということであった。森友学園いうところの「安倍首相」を「金日成首席」なり「金正恩同志」などと言い換えてもなんら違和感がないところが面白いではないか。国民生活を統制しかねない「共謀罪」創設も同様のセンス。
 その女房もからんでいる事件など、お隣大韓民国の大統領弾劾にも順ずるぐらいのお寒い案件になりうるようにも思うのだが、まったくなる気配もないわがニッポン。あれだけ虐げられておいて国家転覆の気配すら窺えない北朝鮮と、これまたよーく似ていると思うがどうだろうか。国民になんら自由がない北朝鮮に対し、わが国は先進自由主義国家であり民主主義国であるハズ。にも拘わらずこのてたらくとは……、救いようがないのははたしてどっちのほうですかね。


■おまけ
 もはや「池に落ちた犬」ゆえ、取り上げるつもりもなかったが、あの石原慎太郎がいよいよ窮地に追い込まれつつある。
 さきに触れた某ポータルサイト上の書き込みにも、あの男に呆れ返っている層がそれなり以上にいることを窺わせるが、ああいう男は徹底的に叩き潰しておくほうがいい。
 それでまぁ、百条委員会などに引っ張り出される事態になったワケだが、ここはひとつ、都民有権者も市民レベルでの「百条委員会」(権力によるものではなく、あくまで内心としてのね)を設けるべきではないだろうか。
 ああいうくだらない人間は、この世にいくらでもいるだろうし、まっとうに生活し、意見を述べる権利だってあたりまえだがある。むしろ、ああいうのもいてそれも許容しうることが健全な世の中なのだ。問題は、よりにもよってあんなくっだらない男を長々と知事、それも首都のトップとして居座らせたことにある。ヤツを支持した有権者ひとりひとりが一連の事態を見つめなおすべきだと考える(もちろん、そのうえで支持するのであればそれも選択肢ではあるが)。断っておくが、これはあの「一億総懺悔」の類とは意味が異なる。




 う~~~~~む……。
 それならば、あの麻原彰晃のオウム真理教が犯した諸犯罪は(彼らお得意のフレーズからすれば)「救済」になっちまうじゃないか。

 オウムというたとえがお気に召さないのであれば、世界各地で起きているある種のテロ行為でもいい(オウムのたとえば地下鉄サリン事件などは「テロ」の一種ではあったが)。そうしたある種のテロリストにとって、自らの殺戮・破壊行為は「聖戦」にもなろう。

 あのアベの子分のひとりであるなんとかという女史が、親分のアベとともに南スーダンで自衛隊が巻き込まれている戦闘について「衝突」だと片づけている。
「法的な意味での戦闘行為ではない」
 なんじゃそれとだれもが思うハズ。しかるにその「根拠」というのが、

「『国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為』が仮におこなわれていたとすれば、それは憲法9条上の問題になりますよね? そうではない、だから戦闘行為ではないということになぜ意味があるかと言うと、憲法9条の問題にかかわるかどうかということでございます。その意味において、戦闘行為ではないということでございます」

 だっていうのだから恐れ入る。

 日本語でも国際的に通用するレベルの法の概念でもいいが、女史自身が認めている(軍事組織が)「武器を使って人を殺傷したり、物を壊したりする行為はあった」、その事実のどこをどのように解釈すると「戦闘行為ではない」という結論に達するのだろう。
 しかもこの女、自らが敵視してやまない「日本国憲法」まで自分の主張を正当化するために動員したつもりでいるのだからなにをかいわんやではないか(笑)。

 まっ、こういうご都合主義がオスプレイの墜落を「不時着」と強弁させているワケなのであろう。南京事件にせよ、慰安婦問題にせよ、み~んな根っこは一緒。こんなセンスのもと、身近なところでは平成版治安維持法「共謀罪」が強行されつつあり、年金や国民健康保険制度などの社会保障が破壊されていっているのだ。

 なお、表題はリスペクトする弁護士・白川勝彦氏の「永田町徒然草」を拝借したパロディである。
アメリカという国が沈んでいく。


■おまけ
 上で一例を挙げたご都合主義詭弁だが、なんと「天皇陛下」の「お気持ち」を反故にする「論拠」(にもなにもなっていないが)にされているザマをみて、右翼の諸君はどう考えるのだろうかと思う。

「天皇生前退位」ヒアリングメンバーや学友が安倍政権の議論誘導を批判!「一代限りを最初から決めていた」ーリテラー

 詳しくはリンク記事をお読みいただきたい。ごくかいつまんでいえば、天皇の「生前退位」をめぐり「一代限り」とする云々(うんぬん・「でんでん」じゃないよ)が自民創価タッグなどによってゴリ押しされつつあるが、ここでもまた都合が悪くなると「憲法」云々(うんぬん・「でんでん」じゃないよ)を持ち出しているバカが引きもきらないらしいのだ。

 リンク記事中に引用されている毎日新聞編集局編集委員の伊藤智永氏の論説がマトを得ているが、あいにく原本を入手できていないので、その関連部分を引用しておきたい。

伊藤氏は「サンデー毎日」(毎日新聞出版)2月12日号で、政権がねじ込んだ渡部氏らに代表される“退位反対論”について「思っていた以上に御都合主義で知識も浅薄」として、苛烈かつ的確に指摘している。
〈「祈っていればいい」というが、現在のような充実した祭祀の内容で天皇が祈るようになったのは、たかだかここ200年くらいのことにすぎない〉
〈お言葉が「違憲行為」とは、言いも言ったりである。
 いわゆる「保守」派は、現憲法に成り立ちからして否定的なはずだが、憲法順守を即位以来の原則に掲げる陛下を、認めていない憲法に依拠して批判するとは、どういう論理構造なのか。必要な時だけ憲法をつまみ食いする御都合主義でなくて何だろう〉(リンク記事)

 ちなみに、アベ一派のひとり(リンク記事によれば「首相のブレーンのひとりとして知られる日本会議系の学者・八木秀次氏」)の小学生レベルの天皇理解にも驚かされた。いわく、

「天皇は我が国の国家元首であり、祭り主として『存在』することに最大の意義がある」

 天皇がわが国の国家元首だって? あんたいつの時代の話をしているんだ? 明治憲法では「大日本帝国の元首」として定められていたが、現行憲法下でも元首だと言い切れるのか(わが国における元首云々<うんぬん・「でんでん」じゃないよ>をめぐっては議論があるようだが)。さらに、「国家元首」最大の意義が「祭り主」というのもイザヤベンダサン並の出まかせである(笑)。

 ぁあ、だから「トランプ祭り」よろしくNHKをはじめとするマスコミが自称「ニュース」番組のトップに“宗主国”の話題を連日のように並べているワケか。アベなんかにとってみれば、確かに「元首」だろうよな、トランプのおとっつぁんが。

 ああいう自称「ニュース」をみていると、祖国の国会でなにが審議されているか、あるいはされよういとしているかなんてことには一切関知しないままにシアワセな人生を送れるのであろう。北朝鮮の「核心階層」のごとしではあるが、最近はそれが崩れてきているとの報道もみられる(わが国ではなく北朝鮮のほうだが)。

 リンク記事も指摘していますね。
しかも、こうした結論ありきの“皇室論”を振りかざす極右論者のなかには、本来彼らが「米国から押し付けられたもの」として忌み嫌っているはずの日本国憲法を持ち出し、“天皇の「おことば」表明は憲法違反だ!”ともっともらしくがなりたてる者さえいる。憲法を変えて、天皇を「象徴」から明治憲法のような「元首」に戻そうとしているのは、いったいどこの誰だと言いたくなるではないか。(リンク記事)

 断っておくが、なにもアベ的政策をまるまる否定しろだの、悪いことは自民党政治のせいだのなどということを主張するつもりはない。アベがもくろむ憲法改定にしても、憲法を尊守すべき政治家や“お上”がゴリ押しするのではなく、国民同士の立場として論議されるのであれば、それはそれで尊重すべきだと考える。だが、現に先導している連中のレベルがこうなのだ。こんな低レベルのものどもに感心しているようでは、国民のレベルが疑われるというものではないか(韓国だの中国だのを揶揄している場合じゃないよなぁ)。

「いやね、(某国からの)帰り道に千葉駅で乗り換えたんだけどね。少し前にJR東日本の駅で目の不自由なひとが転落したうえに電車にひかれて亡くなったでしょう? そのせいかどうかはわからないけど、駅でこんな放送をしてたんだよ。
『駅構内などで目(や身体の)不自由な客さまがいらっしゃいましたら、ひと声かけてあげてください』(要約。なんか「声かけ運動」だか「キャンペーン」だかみたいなポエムなタイトルもついていたような気がする)
 ってね」
「なにそれ、おかしいんじゃないの?」

 これは、帰宅して早々に帰り道にあきれ返った話をめぐる年老いたわが母堂との会話である。
 あるいは、こんなことで「はぁ?」と耳を疑った自分のほうがおかしいかもしれんと思いつつ、ではさてと、こちらの感想を述べずに話して聞かせてみたのだが、「バカじゃないの、それ?」という真っ当な反応が返ってきたというワケだ。
 然り。バカ丸出しだと思った。バカが言いすぎなのであれば、「とんだ恥知らず」と言い換えてもいい。てめぇ自身で起こした死亡事故を棚に上げて、「乗客のみなさんかくのごとく“ご理解・ご協力“ください」ときたんだからなァ……ぁあ、日本でなくニッポンに帰ってきたのだなぁ・・・としみじみ(ちなみに、それにつづいて、わが社では身体の不自由なお客さまのために駅係員が車椅子などのサービスをいたしますので、申し出ろとのお達しあり・笑)。

 あの蕨駅(だけではないが)で起きた事故は、ほぼ100%が鉄道会社の責任である。なぜか? なんの事情かまでをおもんぱかるほどお人よしではないが、列車の出入りが激しく、利用者だって少なくはない駅のプラットフォームに人員を配置しないばかりか、監視カメラでコトを済ませようという体質。NHKニュースによれば、被害者が改札を通ったところは監視カメラに記録されていたらしい(それにつづき、被害者が「ホームの端を歩いていたホームの端を歩いていた(ゆえに被害者にも落ち度があったのだ?)」との(事実かもしれないにせよ)涙ぐましいまでのフォローつきだったが)。つまり、少なくとも被害者を直接目視していないのであろう。
 問題はそうした現場だけではなく、現場の仕事をそういうふうに仕向けている経営者にあると思うが、社長が責任をとってクビを吊っただの辞職しただの報酬をまるごと香典にしただのといった話はさっぱり聞こえてこない(意外でもなんでもないが)。

 目下、ホームドア設置の必要性がクローズアップされ(遅ればせながらだがね)、JR東日本でもやっとこさ投資をはじめている。既存の設備に追加することもあり、相当の費用がかかるとのことだが、ぜひとも進めていただきたいと思う。しかし、シロウト目に思うのだが、ホームドアまでが必ずしも必要だろうかという疑問も浮かぶ。密閉型の塀と扉とまではいかないまでも、手すりの設置ではダメなのだろうか? この場合は、扉にあたる位置のみは現状と変わらないことになるが、それでも手すりが通っているといないのとでは大きな差がありましまいか?
 たとえば、今週は韓国の鉄道を取材してきたが、密閉式のホームドアがない駅(中長距離列車専用の嵩の低いホームを除く)にはそうした手すりが設置されており、混雑したなかでも安心感を覚えた(念のため、韓国の鉄道にもそれ相応のソツがあるが、その背景はともかく、この点だけはJR各社は失格である)。

 いずれにしてもあの恥知らずぶりには驚くほかはない。余計(ムダ)なことだとは承知しつつ、いちおう「おかしくはないですか?」と近くにいた駅員に進言してみたら、仏頂面で応対されたよ(笑)。ケンカを売られてるとでも思い込んだのか、はたまたそのように教え込まれていいるのか。どっちにしろ救いようのない会社だとあらためて思った。

 以前にも記したが、同社・某駅では、夕方の帰宅時間帯に、電車から降りようとした高校生が車両とホームとの間に足を転落させた。その目の前には「お立ち台」に立った駅員。しかし、駅員は「お立ち台」から降りるでもなし、なにごともおきていないかのごとく案内放送を棒読み。件の高校生は自力で這い出てカレのほうもなにごともなかったように階段を降りていったからいいようなものの、ヘタをすれば死亡事故になるところだったろうに、駅員のあの態度。

 やはり、つぎに致命的大事故を起こす鉄道会社はこの会社。そう確信を深めるほかはなかった。ちっともうれしくもなんともないけれども・・・。
「黄色いニッポンぶっつぶせ(中略)世界の地図から消しちまえ」
 引用したのは、TVの特撮ヒーローもの「愛の戦士レインボーマン」に登場した“死ね死ね団のテーマ”(作詞:川内康範 作曲・編曲:北原じゅん)である。

 当時、このぶっ飛んだ歌詞に、子どもゴコロにもグっときていたものだったが、あるとき、地元のショッピングセンターに設置されていたジュークボックスでこの歌を流してやったことがある。「黄色いブタ奴をやっつけろ!」なんぞとライブハウス並(ちょっとウソ)の大音響が館内に響き渡るザマに遭遇して、のたうつほどに大爆笑したものだ。なんともや~なガキでしょう(笑)?

 しかしそれはそれとして、つくり話のなかの「死ね死ね団」の手にかかるまでもなく、わが祖国が世界地図から消えてしまうのもそう遠くないのかもしれないと、近ごろ本気で考えるようになった。

「日本はアメリカ(合州国)の1州になるほうがいいのかもしれません」
 わが郷土・千葉県選出の元某大臣が、知人に対してそう語ったという話は、いぜんにも記したことがある。その知人から聞いたにすぎないエピソードなので具体名を明記することは避けるが、「ヨミウリ」だの「サンケイ」だのの“善良なる読者”である知人もまた、「まぁ、そうだろうな」「いずれはそうなるほうがいいんだ」というものわかりのよさを示していたのがなんともやるせなかった。

 なぜこんなことを改めて記したかといえば、ご存知アベ政権がこの道へとひた走っているとしか思えないからであり、その支持者や信望者好みの言葉でいえば「反日・売国」政権がいよいよのさばっているからなのである(背景のひとつには、
創価学会の庇護のもと圧倒的な議席数が保障されていることが多々あると考える)。

 その流れにあるひとつのできごとが、たとえば沖縄における米軍機オスプレイの墜落事故とその後の展開であろう。あれだけの事故を起こしていながら原因をつきとめるでもなしに飛行を再開するという米軍のおごりもそうだが、それに対し真っ向から抗議することもできないニッポンセイフ。
 同時に、そこで暮らす自国民が自らの郷土・土地・生活(もっと単純にいえば主権)を守りたいがために抗議の意を表明するや、国家からの税金配分(補助金など)を締め上げる「兵糧攻め」を平気で敢行するというキチガイぶり。
 一方では、世界一の経済大国の軍隊に対し、貴重な税金から身の毛もよだつような大金をくれてやっているのだからなにをかいわんやである。為政者やらそのちょうちん持ちメディアの類は、「国庫の危機」だの「カネがないのだ」だのとさんざんっぱら喧伝しているハズなんだがねぇ……。自国民に使うカネはなくても、よその国にくれてやるカネは有り余っているようである(念のため、発展途上国への援助などを同一視するつもりはない。繰り返すが、アメリカ合州国は世界一の経済大国であり、米軍が世界最強であることを疑うことはできない)。

 そんなさなか、こんな報道もあった。
震災復興費で購入の海自機

 リンク記事によれば、東日本大震災の復興予算(いうまでもなく原資はわれわれが納めている税金。それも復興を口実に割り増しされてだ)で自衛隊輸送機を購入。それがなんと日米米軍演習に投入されていたことが明らかになったという。

 個人的には、自衛隊による災害対応は多いに評価している。現場の自衛隊員にしても危険と隣り合わせの任務であり、実際にそれによって救われたひとびとやコミュニティーは数知れないだろうからだ。しかし、そもそもがこのロッキード社(アメリカ合州国)が製造している軍用機を、それも米軍から中古で6機(150億円!)も購入する必要がどこにあるというのだろうか。もちろん、ある種の備えとして賛成するムキはあるだろうし、実際に役立つ可能性を否定しようとまでは思わない。したがって、ここですっぱ抜かれたのが災害派遣や訓練というのであればまだしも正当性はあろう。しかし、実際にやったことは外国の軍隊との戦争訓練である。

 なんともバカげたできごとではあるが、あの大NHKをはじめ、ニッポンのマスメディアがこんなことを報じるかどうか知れたものではない。

     *********

「仕事柄、学会でいろんな国に行くのですが、これまで自分の国籍を言うときに何か途惑いがありました。胸を張って自分の国の名を言えないのです。発表する論文の内容については誰にも負けない自信があっても、国名を書くときには気がひけます。私は堂々と自分の属する国の名を言えるようになりたい」(『アフリカの蹄』帚木蓬生)

 オレもまた同じような思いを禁じえないのが悲しい。
 



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