<このコマーシャルのせかいでは、人間とその生活のネガティブな要素は一切削除される。コマーシャルの世界観の中には人の喜びの表現はあっても普通に生きてきた人であれば誰でも持っている怒りの表現はまず削除される。また愉楽の表現はあっても哀しみの表現はない。かくて私たちのコマーシャル環境には怒と哀の欠け落ちた喜楽人間が氾濫する。>『東京漂流』(藤原新也・朝日文庫)
<ずいぶん昔にデザインというものに哀しみは盛れないといった人がいるが、最近のコマーシャルには、ほんのわずかであるが「哀」の字を表現しているものがたまにある。>(同)
ここに引用した著者の観察眼には深く納得するが、これに加えて、近ごろでは「醜」という要素がわが祖国ニッポンのコマーシャル界に跋扈しているように思えてならない。
TVはほとんど見ない人間だが、それでもときにはスイッチを入れる。そんなときにこの「醜」まみれになったコマーシャルとたびたび遭遇してヘキエキとさせられる。とりわけそれはBS放送において顕著である。
それら「醜」世界をコマーシャルに盛り込んでいる常連はほぼ決まっていて、「サプリメント」だの「健康食品」だのと宣伝されている正体不明の「食品」群がもっぱらだ。たとえば、荒れきった肌の拡大画像が、なんの予告もなしに「ドカン」と画面を占拠する。直前までドラマのなかの美女に見とれていたのに、あんまりの仕打ちではないか。もちろん、荒れていることそのものはけっして「醜い」とは思っていないしむしろ人間らしさの一面だと思っているが、売らんがための見世物としたときに、それは一気に醜いシロモノと化す(むかし、「オールナイトフジ」のエロビデオ紹介コーナーで、ビデオの合間に鶴太郎のアップがイヤガラセのように出てきたのを思い出す。違うか・笑)。
あるいは年配女性のたるみきった腹部によって、同様にいきなり画面が占拠される。つづいて現れる荒れた肌なりたるんだ腹部なりの持ち主の不景気きわまるご面相。
または、年齢を重ねて現れがちな体調不良を大げさに表現して視聴者の不安をあおる。
そして、そこに報酬と引き換えにして、いかにもしかつめらしくその「特効ぶり」を語る出演者。
あるいは、そのじつなんら関係がないのに、「厚生労働省」の名前を出して、さもお墨つきがあるように喧伝するのもある。
そのテの広告というのは、以前であれば子ども向けではない漫画雑誌やゴシップ雑誌に出ているのがもっぱらで、「厚生労働省」の文字と建物写真をでかく載せた「サプリメント」の広告を思い出す。どういう商品かって? なんでも、そいつを飲めば「あなたのチンポがでかくなる」のだそうだ(笑)。しかしこれは笑いごとではなく、それと大して変わらない商品が堂々とTVCMによって日々タレ流しにされているのであるからなにをかいわんやではないか。
近ごろはネットのバナー広告にも「醜」コマーシャリズムが跋扈しつつあり、中年男女の不景気な表情を、さらにそれを増幅するような写真に仕立て上げ広告としているのも増えてきた。
そんなモノに遭遇するにつけ、「あー気持ち悪い!」と不機嫌になりかねないオレであるが、あして跋扈しているところをみると、あんなものをみて「よさそうな商品だ。さっそく注文してみよう」といった(オレからみれば)不可思議な感性の持ち主が、想像以上に多いのかもしれない。
さて、そうした「健康食品」群の一種である「トクホ」商品(「醜」コマーシャリズムの担い手でもある)とやらの品質を偽装していた事態が発覚、お墨つきを与えている消費者庁は1270種にも及ぶというそれら「トクホ」商品の成分検査をメーカーに指示したという。そんなものをいまさら、それもメーカーに命じてどうなるのかという気もするが、オレはあんなお墨つき制度は即刻廃止すべきだと考えているし、謳われている実効性云々以前に安全性すら疑っているので、このさい徹底的にメスを入れるべきであろう。
もちろん、そのメスは「トクホ」以外の類似商品群にも入らなければウソである。
ごく素朴に疑問を抱いているのだが、ああしたコマーシャルには、一見すると薬品を思わせるような「効果」が謳われているが、いったいどうやって薬事法を制限をクリアしているのだろうか。たるみきった腹部CMでは、その商品を飲めばまたたくまにスリムなおなかに早代わりと言っているとしか思えないモノもある。そんなものが眉唾であることはたいていのひとがわかっているハズなのだが、わが母堂が通っているデイケア施設の通所者(つまりお年寄り)だけをみても、そうした商品を「CMでいいっていってるから」といった他愛のない動機で定期購買をしているひとが多くて驚く。しかも、「では効果はあるの?」と訊いても、明快な答えはまず返ってこないのだ。
そうした商品群のなかには、メーカーと関係のない専門家によって謳われている効果などまったく期待できないと断言されている分野もある。また、知人の医療関係者も、専門家の視点として「ああしたものを患者さんに勧めることは一切できない」と効果に否定的だ。
以前、他界した父親が疾患の影響で栄養が極端に吸収できない状態にあったさい、栄養剤が処方されたことはあったが、「あれこれ宣伝されていますが、(そうした商品云々ではなく)医療用のサプリメントみたいなものはないのでしょうか?」とドクターや看護師に訊ねたことがある。単に言葉をにごらされただけであったが、ようは立場的にも市販されているそのテの製品について「いい」とも「悪い」とも言えず、かといって医療用であっても有効なサプリメントなど存在しないのだと言外に語っているようでもあった。つまり、あんなものは効果はないのだと。
冒頭で引用した『東京漂流』からいまいちど引用してみよう。
<商品慣れした大衆は、神々のいかなる「変身!」も「分身!」もすぐに見破って、興味を示さなかった。彼らは、自分たちをエキサイトさせてくれるような、まったく新たしい製品の出現がないことを知っていたのである。
しかし厳密に言えば、まったく新しい発明がないというわけでもなかった。「トランキライザー(精神安定剤)」である。必要は発明の母とはよく言ったものだ。苦境に陥った経営者たちは、この新種の神のお世話になり、買うものがなく欲望がなえてきた消費者のイライラも、この神が面倒をみた>(前掲書)
トランキライザーと「サプリメント」(あるいは「トクホ」)。オレにはどうも両者が持つ背景に極めて近しい影を感じないではいられないのだがどうだろうか。
■補足その1
それら「醜」コマーシャリズムの担い手には、「エロ雑誌」などはほとんど素通りしているような著名企業も少なくない。そのなかの一社をめぐる個人的エピソード。
あるとき、冷たい飲み物でもと思って自動販売機に近づいた。小銭を出しながら並んでいる商品をみたら、近ごろそのテの商品販促にご執心の大手メーカーのものであった。買うのをやめた。暑い日ではあったが、我慢した。そのメーカー。正直いえばあのロゴデザインにすら不快感を覚える。かつてはその社のビールを買うことも少なくはなかったが、いまはもちろん手にすらしない。その点で、少なくともああした「醜」コマーシャリズムに頼るだけの特効はあったワケだ。
■補足その2
薬事法云々にからめた疑問を提起したが、いまひとつは「二重価格」の疑念も抱いている。たとえば、「通常価格4990円が、いまなら1000円!」などというアレだ。そのテのCMに遭遇するたびに、「この商品、ホントに4990円で売られた実績はあるのだろうか?」と思う(実際にキャンペーンとして割引にしている商品もあるのですべてが該当するわけではない)。あるいは「50万セット突破!」の類。公正取引委員会や税務署が調査しているのかどうかまでは知りようがないが……。
■おまけ
『東京漂流』はノンフィクション向けを謳っているそのスジで著名な文学賞の候補に挙げられたものを、著者自身が受賞を拒否したことでも知られている。
これはあくまでオレ個人の推測にすぎないが、その賞にふさわしい内容と誤解される可能性をはらむ箇所が本書にはたしかにあり、それゆえ“与賞”という“罠”が仕掛けられそうになったのではあるまいか? 著者はそれを見抜いていたからこそ辞退という形で拒否したのではないだろうか。
たしかに、その賞そのものは商売あるいはメシのタネとして割り切った場合には、得ておいて損はないだろう。また、受賞作のなかに優れた作品があることも否定できない。だが、この賞がそのお題目どおりに「ノンフィクション」ばかりに与えられてきたのかについては、いささか以上の疑問がある。
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