今回のネタは2〜3日前にネットでみかけたコレ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080213-00000011-ykf-spo
アメリカ合州国大リーグに移籍した福留孝介外野手の名前のローマ字表記をめぐるこぼれ話である。一見どうでもいいジャンクネタなのだが、常々思っていることを記すいい機会でもあるのでちょっとだけ触れてみたい。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080213-00000011-ykf-spo
アメリカ合州国大リーグに移籍した福留孝介外野手の名前のローマ字表記をめぐるこぼれ話である。一見どうでもいいジャンクネタなのだが、常々思っていることを記すいい機会でもあるのでちょっとだけ触れてみたい。
簡単にいえば、福留をローマ字にすると“FUKUDOME”であり、その語感が“FUCK”を連想されるばかりか、「英語圏の人たちはローマ字つづりの福留の名前を“FUCK YOU DO ME(犯し犯され)”“FUCK YOU DOME(犯しのドーム)”と読んでしまいやすいから大変だ」(リンク記事「夕刊フジ」2月13日)というものである。しかもこの“FUCK”系統のスラングは禁止用語であり、思わぬ誤解を招く可能性があるという。
まぁ、そのことそのものについては興味はない。リンク記事にもあるとおり、外国語のなかには日本語の音感と照らし合わせるとなかなかに悩ましい例がいくらでもあるし、沖縄の漫湖などはある真面目な講演にあって、登壇した学者が「名前を口にすることは控えますが」と、これはまぁシャレのつもりだったのかもしれないが宣ったものである。まぁ、オレにいわせれば「漫湖はまんこ。名前を口にしてなにが悪い?」と思うけれど、逆にとらえればそんな妙な気遣いこそが相手にとって失礼千万ではあろう。リンク記事に挙げられているピーター=マンコッチやアドリアン=アヌスなど。アヌスといえば高校のころだったか世界史教科書に登場したユスチニアヌスが当時の与太話のネタになったものだが、連想そのものは言葉遊びとして面白いかもしれないけれど、なんとも失礼な話だよにゃぁ。
で、ここで書きたいのは“FUKUDOME”がなぜ“HUKUDOME”ではいかんのだということである。リンク記事では代替案として“FU”の代わりに“WHO”が挙げられているけれど、日本語の子音には“F”の代わりに“WH”もともにない(厳密に検討してゆくと各地方の生活語のなかに類似の子音がある可能性はあるが、ここでは言及しない)。日本語の“H”、すなわちハヒフヘホは“Ha Hi Hu He Ho”に違いないハズなのに、なぜが“U”だけが“F”になってしまう不思議。同様の例はほかにもある。“T”が本来は“Ta Ti Tu Te To”であるハズなのに“Ta Chi Tsu Te To”と化ける。
これは日本語本来の訓令式に対してヘボン式あるいはヘボン式に派生する表記法を用いるがゆえだが、もとがジェームス=カーティス=ヘボンという英語を母語とする宣教師がつくったものだけに、その発音はきわめて英語的であり、本来は日本語にない子音が用いられることとなっている。おそらく、英語圏のひとにとって“HU”などは“FU”とするほうが発音しやすいのであろうと思うが、しかし重ねて言うように下唇のストレスを伴う子音“F”は日本語にはない。もっといえば“CHI”や“TSU”ってのはどうやって発音すりゃぁいいんだ?
実際問題として外国人が発音しやすいのであればそれでいいではないかという見方はできるが、しかしこれは英語を母語とする場合である。イタリア語ではどうか? 北京語ではどうか? ベトナム語ではどうか? ひとつひとつ検討する余裕はないが、言葉がきちんと伝わらない可能性だってある。ある友人にそんな話をしたら、“HU”だと「ヒュー」になってしまうと答えたけれど、英語圏のひとびとは“Huladance”(フラダンス)を「ヒューラダンス」と発音しているのかなとそのとき思った。これはまぁ屁理屈だが。
実際に日常的にヘボン式を使う日本人は多いだろう(オレもかつては使っていた。理由は簡単。小学生のときに覚えて……授業では訓令式だったが……ヘボン式のほうが訓令式にない“F”や“C”などがあってカッコイイと思ったからである。いかにもガキらしい発想でしょう?)し、鉄道駅などではヘボン式に則った表記が用いられている。だが、たしかに一部のひとびとにとっては発音しやすいであろうこれらの表記は、じつは不親切であるともいえるのだ。たとえば人名や地名ひとつとってもヘタすりゃ永遠に誤解したママの発音ですごすことになってしまう。もちろん、それで構わないケースのほうがふつうかもしれないとはいえ、わざわざ誤解を招くような表記をする必要もあるまいにと思う。以前、長期滞在外国人らを対象に日本語能力を重視するという日本政府の思いつきについて触れたことがある(「茶番と火種の巻」(おまけ参照))が、ここいらで日本式発音に馴染んでもらるような表記に改めてみたらどうか。
表記とは別の問題もあるので触れておこう。たとえば……といっても鉄道の例にすぎないのだが、近ごろ車内放送などで英語による案内が流されるようになった。これはこれでいいサービスであろう。先だって韓国の鉄道に乗ったさいにも同様の放送があってある種の安心感にもつながった実感があるのでなおさらそう思う。だが、日本で聞く放送の発音が酷すぎる。まるで“ガイジン”のテレビタレントがシャレで喋るがごとし。文字で言い表わすのは困難だが、オレがよく使う千葉方面の路線でいえば「稲毛」あたりがなんともお粗末。学生のとき、ある地方出身のクラスメイトが食堂でカレーを頼むさいにイントネーションが魚のカレイに近かったのを「ハテ、カレイ料理なんかないのに」と素朴に思ったことがあったが、これは各地方の生活語の違いだからいいとしても、車内放送による英語的イントネーションに覚える違和感は相当なものだ(*注)。
「嗚呼、きっとこのまま覚えちゃうんだろうにゃぁ……」
そんな下世話なことを思ってしまうのである。
*注:
ただし、それぞれの外国人が母語でしゃべる場合にはイントネーションが実際と異なることは避けられないだろうとも思う。日本語会話中で諸外国の言葉が日本語的にアレンジされているのと同様に。だが、とうの日本側でことさら英語流のイントネーションを優遇する必要はない。
ちなみに、韓国語でも類似の乖離(釜山=プサンがBusanになっている例など)があるらしく興味を持っている。いずれなにかの折に考えてみたいと思う。
*おまけ:
すでにご存じの方も多いとは思うが、毎度おなじみ“クズ紙”をめぐるとんでも事件についてリンクしてこう。
*「読売新聞が批判的なジャーナリストに言論妨害 東京地裁も著作権を拡大解釈、削除命令」
関連して、アメリカ合州国でのできごとだけれども……。
*http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071219/crm0712191218021-n1.htm
まぁ、そのことそのものについては興味はない。リンク記事にもあるとおり、外国語のなかには日本語の音感と照らし合わせるとなかなかに悩ましい例がいくらでもあるし、沖縄の漫湖などはある真面目な講演にあって、登壇した学者が「名前を口にすることは控えますが」と、これはまぁシャレのつもりだったのかもしれないが宣ったものである。まぁ、オレにいわせれば「漫湖はまんこ。名前を口にしてなにが悪い?」と思うけれど、逆にとらえればそんな妙な気遣いこそが相手にとって失礼千万ではあろう。リンク記事に挙げられているピーター=マンコッチやアドリアン=アヌスなど。アヌスといえば高校のころだったか世界史教科書に登場したユスチニアヌスが当時の与太話のネタになったものだが、連想そのものは言葉遊びとして面白いかもしれないけれど、なんとも失礼な話だよにゃぁ。
で、ここで書きたいのは“FUKUDOME”がなぜ“HUKUDOME”ではいかんのだということである。リンク記事では代替案として“FU”の代わりに“WHO”が挙げられているけれど、日本語の子音には“F”の代わりに“WH”もともにない(厳密に検討してゆくと各地方の生活語のなかに類似の子音がある可能性はあるが、ここでは言及しない)。日本語の“H”、すなわちハヒフヘホは“Ha Hi Hu He Ho”に違いないハズなのに、なぜが“U”だけが“F”になってしまう不思議。同様の例はほかにもある。“T”が本来は“Ta Ti Tu Te To”であるハズなのに“Ta Chi Tsu Te To”と化ける。
これは日本語本来の訓令式に対してヘボン式あるいはヘボン式に派生する表記法を用いるがゆえだが、もとがジェームス=カーティス=ヘボンという英語を母語とする宣教師がつくったものだけに、その発音はきわめて英語的であり、本来は日本語にない子音が用いられることとなっている。おそらく、英語圏のひとにとって“HU”などは“FU”とするほうが発音しやすいのであろうと思うが、しかし重ねて言うように下唇のストレスを伴う子音“F”は日本語にはない。もっといえば“CHI”や“TSU”ってのはどうやって発音すりゃぁいいんだ?
実際問題として外国人が発音しやすいのであればそれでいいではないかという見方はできるが、しかしこれは英語を母語とする場合である。イタリア語ではどうか? 北京語ではどうか? ベトナム語ではどうか? ひとつひとつ検討する余裕はないが、言葉がきちんと伝わらない可能性だってある。ある友人にそんな話をしたら、“HU”だと「ヒュー」になってしまうと答えたけれど、英語圏のひとびとは“Huladance”(フラダンス)を「ヒューラダンス」と発音しているのかなとそのとき思った。これはまぁ屁理屈だが。
実際に日常的にヘボン式を使う日本人は多いだろう(オレもかつては使っていた。理由は簡単。小学生のときに覚えて……授業では訓令式だったが……ヘボン式のほうが訓令式にない“F”や“C”などがあってカッコイイと思ったからである。いかにもガキらしい発想でしょう?)し、鉄道駅などではヘボン式に則った表記が用いられている。だが、たしかに一部のひとびとにとっては発音しやすいであろうこれらの表記は、じつは不親切であるともいえるのだ。たとえば人名や地名ひとつとってもヘタすりゃ永遠に誤解したママの発音ですごすことになってしまう。もちろん、それで構わないケースのほうがふつうかもしれないとはいえ、わざわざ誤解を招くような表記をする必要もあるまいにと思う。以前、長期滞在外国人らを対象に日本語能力を重視するという日本政府の思いつきについて触れたことがある(「茶番と火種の巻」(おまけ参照))が、ここいらで日本式発音に馴染んでもらるような表記に改めてみたらどうか。
表記とは別の問題もあるので触れておこう。たとえば……といっても鉄道の例にすぎないのだが、近ごろ車内放送などで英語による案内が流されるようになった。これはこれでいいサービスであろう。先だって韓国の鉄道に乗ったさいにも同様の放送があってある種の安心感にもつながった実感があるのでなおさらそう思う。だが、日本で聞く放送の発音が酷すぎる。まるで“ガイジン”のテレビタレントがシャレで喋るがごとし。文字で言い表わすのは困難だが、オレがよく使う千葉方面の路線でいえば「稲毛」あたりがなんともお粗末。学生のとき、ある地方出身のクラスメイトが食堂でカレーを頼むさいにイントネーションが魚のカレイに近かったのを「ハテ、カレイ料理なんかないのに」と素朴に思ったことがあったが、これは各地方の生活語の違いだからいいとしても、車内放送による英語的イントネーションに覚える違和感は相当なものだ(*注)。
「嗚呼、きっとこのまま覚えちゃうんだろうにゃぁ……」
そんな下世話なことを思ってしまうのである。
*注:
ただし、それぞれの外国人が母語でしゃべる場合にはイントネーションが実際と異なることは避けられないだろうとも思う。日本語会話中で諸外国の言葉が日本語的にアレンジされているのと同様に。だが、とうの日本側でことさら英語流のイントネーションを優遇する必要はない。
ちなみに、韓国語でも類似の乖離(釜山=プサンがBusanになっている例など)があるらしく興味を持っている。いずれなにかの折に考えてみたいと思う。
*おまけ:
すでにご存じの方も多いとは思うが、毎度おなじみ“クズ紙”をめぐるとんでも事件についてリンクしてこう。
*「読売新聞が批判的なジャーナリストに言論妨害 東京地裁も著作権を拡大解釈、削除命令」
関連して、アメリカ合州国でのできごとだけれども……。
*http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071219/crm0712191218021-n1.htm
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ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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