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猫池罵詈雑言雑記帳
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 9日に開催された名古屋国際女子マラソン。注目のQちゃんこと高橋尚子は27位でレースを終えた。マラソンはわりと興味のあるスポーツ(もちろん見るだけだが)だし、高橋には昨今のレースの雪辱を果たしてほしい気持ちもあったので楽しみにしていたが、真剣勝負のスポーツとは、そんなファンの思惑とは裏腹に厳しいものである。
 ところで、そのQちゃんがレース前にこんなことを語っていたという。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080309-00000042-spn-spo  

 カンのいい読者はお気づきであろう。このリンク記事を目にしたとき、
「Qちゃんよ、アナタもか……」
 といささか落胆させられた。

「私の走りを見て、生活の中で“頑張るぞ”って思いを持ってもらえるようなレースをしたい」(リンク記事)
 そして、そうした記者会見を伝えるにあたってつけられた見出しが
「尚子すべての人に勇気与える走りを」
 である。  これはいったいなんなのだろう? 高橋自身はトップアスリートとしてできうるかぎりの力をレースにかけたには違いなく、結果はどうあれ観戦者の受け取り方はさまざまであろう。なかには彼女が言うとおりの反応を示したひともいるとは思うが、しかしこんなのはとんだ思い上がりのカン違いだとあえて言いたい。より正確に言えば、とうの高橋にではなくこの見出しをつくった記者の感覚こそがお粗末なのではあるが、むろん問題はそれだけでない。

 そもそもが、「頑張るぞ」といった思い、リンク記事の見出しでいえば「勇気」を出すというのは本人の自発的なものである。高橋の走りっぷりをみて感動し、「オレも頑張らねば」と思うのはあくまで「頑張るぞ」と感じた側の感情であり、与えられる類のものではないハズだ。それを「与える」という表現によって施す、あるいは施されるモノにしてしまう感覚。高橋も高橋である。レースはあくまで選手のものではないのか? もちろん選手それぞれに思いというものはあるだろう。記事にもある「声援に応えたいという」という気持ちもわかるし、これまで関わり支えてきてくれたひとびとに対して恥ずかしくないレースをしたいという気持ちもあったろう。そんなことまでを否定するつもりはないけれど、それでもやはり選手は選手自身のために戦うのではないのか? ファンの声援に応える云々というのは、あえて言えばオマケにすぎない。他人の感動などなんだののためになら、わざわざ走らなくてもいい。なぜならば、選手たちはアスリートでありエンタエイナーではないからである(プロスポーツに伴う興業性を無視するわけにはいかないが、ショウである以前にスポーツの真剣勝負だからこそそう思う)。

 類似の例はいくらでもある。たとえば「(ひとびとを)感動させるような夫婦になりたい」(柔道と野球の谷夫妻)のような。そして、いつのころからか常套句(流行なのかな?)のように使われるようになった「感動を与えられた」だの「元気をもらっただの」という表現。じつはコレ、自分自身が尊敬している人物が使っていたり(嗚呼、あなたもか……)、あるいはごく親しい友人(嗚呼、おまえもか……)が使ったことがあって、後者では「オレはその言い回しが大嫌いだ!」ぐらいに指摘してやったものだったが、どれぐらい“ダイキライ”かといえば、そのテの言い回しを目にしたり耳にしたりするたびに背筋がゾッとして鳥肌が立つ。
 むろん、言わんとしていることはわかる。なにかをきっかけに元気が出たりすることはごくふつうの感情だからだ。しかし、それは「与えられ」たり「もらった」りするものではないのではないか? あくまで自分自身がその出会いによって感じたことなのではないのか? 「感動したよ!」「元気がでるネ!」でいいじゃないか。まぁしかし、それを「もらった」的表現にするのはまだ我慢できよう。これが「与える」だの「与えたい」だのになると猛烈に傲慢な物言いだと言わざるを得ないのである。だからこそ残念に思った。Qちゃんよ、アナタもか……と。こんなのは「精一杯力を尽くす。応援をお願いします!」で十分。だって、高橋自身だってこう言っているではないか。
「今までいろんな花を咲かせてきた。あすは名古屋の色に染まるような花を咲かせたい」(同記事)
 そう。これは彼女自身が「してきた」ことであり、レースに臨み「したい」ことだったのだ。

 この記事の見出しだけでなく、“「感動を与える・もらう」語”について、いまいちど考え直してみませんか?

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自己紹介:
 レジャーライター=植村誠の別館ブログです。
 ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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