災害とは常に隣り合わせ……。そんなあたりまえのことを再認識させられた。なによりも、仙台周辺や三陸、福島県浜通などには知人もあるうえ、想像の範囲を超えたといってもいい事態である。現況を心配するとともに被災地の方々にお見舞いを申し上げます。
ちょうど、午後のコーヒーをやりながらMacを立ち上げ直した直後のことである。瞬間的に大きな揺れを直感したが、じわじわと威力を増してゆくさまはその予測を上回っていた。幸いにして、わが家では本棚の一部がなだれを起こしたのと、直後から20時間近く停電にさらされたていどで済んだが、それでも万が一の津波やさらなる揺れに備えつつの一夜となった。むしろネコのほうがショックを受けたらしく、1匹は血相を変えて脱出、2匹はなかば呆然としていたものだが、それどころでない事態とはまさに紙一重の差であったのかもしれない。
停電してしまったため、情報の入手はラジオ頼みである。携帯電話のワンセグとやらをはじめて利用してみると、小さな画面に被災地の模様のなどが映し出され、事態が抜差しならぬ状況であることを窺わせたが、たまたま充電したばかりだったというのに1時間ほどしか電池がもたず、実際面で役に立ったといえるかどうかはいささかあやしい。肝心の電話(機能)にしても回線のパンクが伝えられ、はたして携帯電話なりモバイルなりがこうした非常時にどこまで有効に働けるのかといつもながらの疑問を抱かざるをえなかった。19時36分に「緊急地震速報」なる「エリアメール」を受信したけれど、それが「エリアメール」唯一の受信であり、しかもその後数十分間にとくに大きな揺れがわが家周辺(エリア)であったわけでもない。あれはいったいなんだったのだろうか?
それにしても、今回の地震で驚いたのは首都および周辺インフラの脆弱さである。その代表が鉄道路線の大半が終日にわたり復旧しなかったことであろう。都内勤務の友人のひとりは、5時間ほどをかけて徒歩で自宅にたどり着いたとメールを送ってきたが、友人や知人たちを含め、会社なりで一夜をすごしたひとも多いハズだ。自分自身がもし都内で遭遇していたら、会社勤めではないし、どこかの出版社に頼んで居候させもらうか都内の友人宅におしかけるところだったと思うが、しかしこれが首都のノド元で起きた地震だったら、それすら叶わなかったのではないか。それには、具体的に起きうる事態(建築物や道路、線路などの崩壊)に加えて、そうした状況を受けた現場がどれだけ迅速かつ適切な行動を取れるのだろうかという疑問も含まれる。ぶっちゃけて言えば、鉄道会社のいくつかは、こうした非常時に対応できるだけのセンスも能力も、組織として持っていないのではないかとの疑いを抱いた。
午後の遅くない時間に発生した災害を受け、なぜ復旧までにあれほどの時間を要したのか。被災地域ではまさに隘路といっていい部分が多いうえ、駅などの無人化が著しいこともあって状況の把握が困難ということもあろうが(とはいえ、それは無視できない問題である)、いちおうは人員が配置されている首都地域でのことである。慎重を期すということは重要だが、はたしてそういう常識が復旧遅れの主原因といえるのかとも思う(わが家周辺の停電について、20時すぎに東京電力に問い合わせたところ、その時点で「原因不明」のため復旧の見通しが立っていないとのことであった。現場の混乱があることは理解できるものの、システムとして、あるいは人的能力として、事故発生から半日近くも原因すら把握できないというのがいまひとつわからない)。モウケやらそのための効率やらばかりが重視された結果、安全という基本に対する人的資源を放棄してきたということはないのか? マニュアルやら(おもにコンピュータ頼みの)システムとやらも結構だが、より柔軟な対応、判断のための核となる人的能力を軽視してきた結果が、とりあえずこうした事態に顕われたということではないのか。言い換えると、とりあえずこのていどで済んだのだという皮肉でもある。東北地方の被災地ではけっして「このていど」などではありはしないが、今回引き起こされた鉄道事故を鉄道会社の責任とするという意味ではない。むしろ常磐線での津波による旅客列車脱線事故などでは、きちんと避難したうえで人的被害を食い止めている。だが、「とりあえず」がこのつぎにもあるのかどうかは、ほかならぬ鉄道会社なりが真剣に取組まなければならない問題であろう。
昨夜のラジオ報道(21時ごろ)によれば、JR東日本仙台駅は、駅のシャッターを閉じて乗客らを締め出していたようである。あの非常時に、まだ春ともいえない寒空に乗客や被災者を締め出すというそのセンス。むしろコンコースの一部でいいから避難場所なりを確保し、行政などとともに対応するというのが公共交通機関の使命ではないのか? 保安上なりの事情なのか、はたまた解放に伴う利用客の応対が面倒だったのかはわからないが、安全をはじめとする本質的サービスをおざなりにしている同社の姿勢がよ〜く顕われた常識はずれの事態だったとはいえよう。オレが国交省大臣かなにかだったら、その場で社長を呼びつけて問責をするところだ。
さて、最初に震源地域を知ったとき、真っ先に思い浮かんだのが原発であった。いわき周辺、あるいは女川は大丈夫なのか? いずれも海岸線に位置する施設である。今日の午後には福島第一原発での爆発事故(テレビニュースでは、「事故か?」と訊かれた東京電力の偉いサラリーマンが質問に答えないまま「事実」を伝えるだけのごとく宣っていたが、ならば文字どおりの「事実」を公表しろとクギを刺しておく。報道機関も、日ごろの同社からの“口止め料”など無視して「事実」を報道してほしい)が伝えられ、第二原発周辺とあわせ避難命令が出されている。また、具体的な放射能汚染も続報された。それまで、テレビニュースでは、避難命令などや作業不良などの物々しさが伝えられる一方で、「問題ない」という見方が繰り返されていたが、それがまったくの楽観的誘導であったことが証明されたといっていいだろう。三陸は有数の震源地帯である。わが国のエネルギー政策の見直しがはかられなければウソだ。
昨夜、菅直人氏の最初の記者会見を注目したところ、そこでも原発について触れられていたこともあり、対応がなされていることを窺わせたが(とはいえ、とうのご本人がどうだったかは……?)、逆の見方をすれば、わが国の国土はそれだけ危うい状況にあり、それが国策や一部企業のモウケのために設えられたということではないのか。そうしたもろもろを含め、わが国やわれわれ日本国民に対し、考え直す機会がやってきたのかもしれない。(18時40分)
停電してしまったため、情報の入手はラジオ頼みである。携帯電話のワンセグとやらをはじめて利用してみると、小さな画面に被災地の模様のなどが映し出され、事態が抜差しならぬ状況であることを窺わせたが、たまたま充電したばかりだったというのに1時間ほどしか電池がもたず、実際面で役に立ったといえるかどうかはいささかあやしい。肝心の電話(機能)にしても回線のパンクが伝えられ、はたして携帯電話なりモバイルなりがこうした非常時にどこまで有効に働けるのかといつもながらの疑問を抱かざるをえなかった。19時36分に「緊急地震速報」なる「エリアメール」を受信したけれど、それが「エリアメール」唯一の受信であり、しかもその後数十分間にとくに大きな揺れがわが家周辺(エリア)であったわけでもない。あれはいったいなんだったのだろうか?
それにしても、今回の地震で驚いたのは首都および周辺インフラの脆弱さである。その代表が鉄道路線の大半が終日にわたり復旧しなかったことであろう。都内勤務の友人のひとりは、5時間ほどをかけて徒歩で自宅にたどり着いたとメールを送ってきたが、友人や知人たちを含め、会社なりで一夜をすごしたひとも多いハズだ。自分自身がもし都内で遭遇していたら、会社勤めではないし、どこかの出版社に頼んで居候させもらうか都内の友人宅におしかけるところだったと思うが、しかしこれが首都のノド元で起きた地震だったら、それすら叶わなかったのではないか。それには、具体的に起きうる事態(建築物や道路、線路などの崩壊)に加えて、そうした状況を受けた現場がどれだけ迅速かつ適切な行動を取れるのだろうかという疑問も含まれる。ぶっちゃけて言えば、鉄道会社のいくつかは、こうした非常時に対応できるだけのセンスも能力も、組織として持っていないのではないかとの疑いを抱いた。
午後の遅くない時間に発生した災害を受け、なぜ復旧までにあれほどの時間を要したのか。被災地域ではまさに隘路といっていい部分が多いうえ、駅などの無人化が著しいこともあって状況の把握が困難ということもあろうが(とはいえ、それは無視できない問題である)、いちおうは人員が配置されている首都地域でのことである。慎重を期すということは重要だが、はたしてそういう常識が復旧遅れの主原因といえるのかとも思う(わが家周辺の停電について、20時すぎに東京電力に問い合わせたところ、その時点で「原因不明」のため復旧の見通しが立っていないとのことであった。現場の混乱があることは理解できるものの、システムとして、あるいは人的能力として、事故発生から半日近くも原因すら把握できないというのがいまひとつわからない)。モウケやらそのための効率やらばかりが重視された結果、安全という基本に対する人的資源を放棄してきたということはないのか? マニュアルやら(おもにコンピュータ頼みの)システムとやらも結構だが、より柔軟な対応、判断のための核となる人的能力を軽視してきた結果が、とりあえずこうした事態に顕われたということではないのか。言い換えると、とりあえずこのていどで済んだのだという皮肉でもある。東北地方の被災地ではけっして「このていど」などではありはしないが、今回引き起こされた鉄道事故を鉄道会社の責任とするという意味ではない。むしろ常磐線での津波による旅客列車脱線事故などでは、きちんと避難したうえで人的被害を食い止めている。だが、「とりあえず」がこのつぎにもあるのかどうかは、ほかならぬ鉄道会社なりが真剣に取組まなければならない問題であろう。
昨夜のラジオ報道(21時ごろ)によれば、JR東日本仙台駅は、駅のシャッターを閉じて乗客らを締め出していたようである。あの非常時に、まだ春ともいえない寒空に乗客や被災者を締め出すというそのセンス。むしろコンコースの一部でいいから避難場所なりを確保し、行政などとともに対応するというのが公共交通機関の使命ではないのか? 保安上なりの事情なのか、はたまた解放に伴う利用客の応対が面倒だったのかはわからないが、安全をはじめとする本質的サービスをおざなりにしている同社の姿勢がよ〜く顕われた常識はずれの事態だったとはいえよう。オレが国交省大臣かなにかだったら、その場で社長を呼びつけて問責をするところだ。
さて、最初に震源地域を知ったとき、真っ先に思い浮かんだのが原発であった。いわき周辺、あるいは女川は大丈夫なのか? いずれも海岸線に位置する施設である。今日の午後には福島第一原発での爆発事故(テレビニュースでは、「事故か?」と訊かれた東京電力の偉いサラリーマンが質問に答えないまま「事実」を伝えるだけのごとく宣っていたが、ならば文字どおりの「事実」を公表しろとクギを刺しておく。報道機関も、日ごろの同社からの“口止め料”など無視して「事実」を報道してほしい)が伝えられ、第二原発周辺とあわせ避難命令が出されている。また、具体的な放射能汚染も続報された。それまで、テレビニュースでは、避難命令などや作業不良などの物々しさが伝えられる一方で、「問題ない」という見方が繰り返されていたが、それがまったくの楽観的誘導であったことが証明されたといっていいだろう。三陸は有数の震源地帯である。わが国のエネルギー政策の見直しがはかられなければウソだ。
昨夜、菅直人氏の最初の記者会見を注目したところ、そこでも原発について触れられていたこともあり、対応がなされていることを窺わせたが(とはいえ、とうのご本人がどうだったかは……?)、逆の見方をすれば、わが国の国土はそれだけ危うい状況にあり、それが国策や一部企業のモウケのために設えられたということではないのか。そうしたもろもろを含め、わが国やわれわれ日本国民に対し、考え直す機会がやってきたのかもしれない。(18時40分)
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ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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