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猫池罵詈雑言雑記帳
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 ちょっとした事情からアップするのを待っていましたが、書きっぱなしになるのも……ということで野党共闘について思うところを触れてみたいと思います(少し以前に記した内容が含まれるため、ややタイムリーでない部分があります)。なお、ここまで単純な見出しをつけてみていましたが、その見出しだけではバックナンバーの内容がさっぱり判別つかないということもあり、今回からはスタイルを変えることにしました(既存ぶんにつきましても見出しのみ後日手直しするかもしれません)。

■数合わせと理念
 このごろ、野党共闘が取り沙汰される機会が増えた。論点の多くは、野党第1党の民主を軸に選挙を戦えば、数々の場面で自創組を敗退させられるハズだということである。こうしたことが取り沙汰されている背景にひとつは、あまりに政権政党組が酷すぎるからということもあるのだろう。実際に各地の選挙をみていると、とりわけ共産がどう見積もっても勝てる見込みの薄い選挙においてでさえ候補者を立て、立候補そのものはいいとしても、結果として反自創票が割れてしまってみえることが少なくなく、なんともったいないと思うこともしばしばある。

 ちょっと古い記事になるが、政治評論家の森田実氏がこの件に触れ、氏のサイト「MORITA RESEARCH INSTITUTE CO., LTD」に記している。  



 記事は昨年10月22日に行なわれた衆議院補選において自民候補が勝利した背景について論評したもので、[強そうに見える自民党の実態は枯れ尾花にすぎない。公明党と共産党によって支えられている脆弱な政党である](同記事)と断じている。すなわち、自創組が死にものぐるいで選挙にあたっているのに対して、本来ならば“反自民票”を集中させるべき民主候補に対して、共闘どころか共産が独自の候補を立てたことにより票が分散、結果として自創組を助けているというのである(同時に“死に体”に近い自創政権の正体についても語っているが)。そのため、アベ政権を助けているという点では、創価学会のみならず共産もまた同じだという論であろう。こうした見方は一面ではあり得るものだし、オレ自身も「なんでだ?」と共闘しない実態について疑問を持つことも少なくない。

 たしかに共産は日ごろから民主の方針を批判してやまず、ここにきても志位和夫委員長をはじめとして、辛らつなコメントを発している。そんな状態をみていると、きたる東京都知事選でもすでに結果はみえみえではないかといささか絶望的な気分にもなってくる(ただし、とうの民主は都議会においては与党である)が、じつはこの森田氏に代表される共闘論にはある種の錯覚が含まれていることに遅ればせながら気がついた。
 1月15日の「東京新聞」には「野党共闘 今年も乱れ」として、参院選を前にして、「民主×共・社」の構図で批判が目立つことがコラム記事として載せられていた。
 ここでは共産による一連の民主批判や憲法改定に向けて前向きな姿勢を示している民主の対応について批判している社民の姿勢などを取り上げ、その背景を探っている。つまり、きたる参院選において比例区上での争いがあり、自民批判票を民主に奪われないように独自色を出したい思惑があるという分析である。これに対して民主党執行部は静しているものの、党内からは「自民、公明両党を攻めなければならないのに、民主党を批判してどうする」(同記事)との不満が出ているらしい。それはそうかもしれない。「自創VS野党」という単純な図式からいけば、民主や森田氏の論はきわめて正しいものに思われてくる。だが、この「東京新聞」のコラムは、はからずもこうした論の欠点を明らかにしてくれた。
 ここでは、民主という主格があり、共・社は附随であるかのような形がある。すなわち、歩み寄るべきは共・社のほうであり、まずは民主に協力せよというものだ。しかし、とうの民主は、たとえば憲法改定問題においては自創組と変わらぬ主張の持ち主(個々の議員のなかにはそうでない勢力があるが……*注。またこの件は「日々是雑感」にも触れた)であり、創価学会と財界、無見識なマスメディアによって支えられたスネオ〜アベラインがあまりにも最悪なためにいくらかマシにみえるだけで、本質的には自民とそう大きな隔たりがあるわけでもない(それどころか、仮に公明に歩み寄られたら歓迎すらするのではないかとオレは思っている)。共・社……というよりとくに共産がそうした点がクリアされない状態にあって同党と共闘できないと主張するのはあたりまえであろう。むしろ本当に自創組を叩きたいのであれば、民主のほうこそ歩み寄るべきではないのか?
「東京新聞」の件の記事では共闘がならないことの原因を、おもに共・社の姿勢に求めているように読み取れたが、肝心の民主側の姿勢についてはきちんと触れられていなかった。来るなら歓迎。ただしウチに協力するという形でなら……というのが民主のホンネではないのか。そんなものを共闘といえるのかどうかについてはいささかの疑問が捨てられないのである。

 しかしながら、現在の状況はまずは現政権を失墜させるべしというきわめて緊迫したなかにあることは否定できず、この独裁に歯止めをかけることは急務であろう。そのために野党第1党である民主が果たす役割は決して少なくないハズだ。だからこそ、本当の共闘のためにはなにが必要なのかを相互が考え、民主党執行部としても(高みから)静観することなしに真剣に道を拓いてゆく必要がある。
 森田氏式の考えでは歩み寄るべきは小さい側、それができないから政権が助かっているいうことになるのかもしれないけれど、実際に自創独裁を助けているのは、野党のハズの民主であるという見方もできるのではないだろうか(「共・社なんかと組めるわけがない」という意見もあるに違いないし、それはそれでひとつの方針だとは思うが……)。


*注:
 アベ自民党は改憲にむけて積極姿勢をみせている。改憲などに関する世論調査においても政権に対する要求度、関心度としてきわめて低いもの(3・1%。ただし参院選での争点としては「すべきではない」が46・6%だったのに対して「すべき」が41・6%と拮抗傾向にあるらしい。数字は「共同通信」1月)であったにも拘わらずである。あの政権がいかに国民無視で運営されているかという証左にもなろうかと思うが、困ったのは民主党であろう。参院選に向けて改憲を筆頭に挙げる自民に対して、自分のところがその優先度はとにかくとして方向性ということでは変わりませんでは、戦う術をまんまと取り上げられたということになりかねないからだ。改憲推進に対する策としては護憲しかありえないのだが、少なくともこの点では真っ向から争えない形にされてしまっている。
 しかしそれはそれとして、スネオ以来の自民というのは、保守にとりついて増殖を続ける“悪性新生物”のごときですにゃ。免疫機構も破壊されつくしつつある。自らもまた滅びる運命なのを理解できているのかどうかはわからないけれど、いまのうちに大掛かりな治療をしないことにはエライことになりますぞ。


*おまけ:
 北九州と愛知県の陰に隠れてか(?)あまり触れられていないけれど、2月5日に投票および即日開票があった陸前高田市(岩手県)の市長選では一風変わった選挙協力がみられた。すなわち、当選した現職の中里長門氏は「あたらしい陸前高田市をつくる市民の声」推薦の形で無所属で立候補・当選したものだが、中里氏は共産党員の首長としても知られている。ここで支援・共闘したのが、興味深いことに自民党系の議員連だったのである。落選した吉田昭彦氏は民主党の支援を受けた形だが、この“保革連携”を子細に分析してみると案外面白い事実が出てくるのかもしれない(これに近い状況はほかにもある)。これなどはちょっと面白いニュースネタだと思うのだけれど、マスメディアの対応はどうなっているのやら……。
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 レジャーライター=植村誠の別館ブログです。
 ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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