力の入ったルポルタージュを読むのはいい刺激になる。
たまたまネットでめぐりあった『笑撃! これが小人プロレスだ』(高部雨市著/現代書館刊)もそんな1冊だ。
著者と小人プロレスとの邂逅から、選手や彼らをめぐるひとびととの対話を通じて、この現代ニッポンから意識的に忘れ去られた世界を描き出す。差別とはなにか? 生きたひとびとを隠蔽するかのような社会に生きるわれわれとは、そもそもがなにものなのか? 著者の葛藤は同時に読者の葛藤でもある……。
いくつか“衝撃”を受けたなかでつぎのくだりはどうか?
僕の住む町で、母親たちを集めた小さな講演会があった。招待された講師の先生は、こう語りかける。
「みなさん、みなさんはかわいそうな知恵遅れや重度障害者の施設を御覧になったことがありますか。もし御覧になっていないなら、ぜひ見学して下さい。彼らを見、そして理解して下さい。そうすれば、今の私たちが、なんて幸福なんだろうと思いますヨ。(中略)ぜいたくを言ってはきりがありません。みなさんは、今の幸福をかみしめるためにも、そういう施設の見学を、ぜひ、お勧めします」
集まった子供を持つ女性たちは、ひたすら頷いて、自らと自らの家族の、五体満足に生まれてきた幸福を実感したことだろう。(本書109〜110ページ)
そして、彼らを無視する側としてのテレビ。
彼らをテーマにしたドキュメンタリーを試みていたひとりの異端ともいえるプロデューサーの情熱は、放映という形で叶うことはなかった。
オンエアを拒否し許可しなかった責任者であるTさんの上司の回答がここにある。
1テーマが重すぎる
2テーマに社会性がない
3テーマに普遍性がない
「ハハハッ」と僕は悲しく笑う。
ただひと言、「そんなものテレビに出せるか!」と、吐き捨てればいいのに……。(同242ページ)
もうひとつだけ引用しておこう。
よく、差別なんて当たり前、なんて言い方をする人がいるけど、勝ち組にはイイけどね、負ける方にとっちゃたまらないですね。(同268ページ)
とまぁ、オレ自身もちょっとした偽善者なもので、本書を読みながらいろいろと考えてみては呻吟してみたり、しかし結論なんか出るわけもない。本書のなかでもふられているとおり、小人プロレスがレスラーたちの身体的特徴を見せ物にしたショウだという意見はたしかにあり、それに対して真っ向から異論をぶつけられるほどの経験も知識も覚悟もない。テレビ画面に彼ら(レスラーに限らず)を出そうものなら、「障害を見せ物にするな!」という投書が舞い込むともいう。それに対しても両論があろう。
そうした積み重ねのなか、現代ではそういう葛藤さえもみえなくなりつつあるとは言える。“異形”をことさらに無視してつくりあげられる“無難”な世の中。「差別とはなにか?」を考えようにも、ヘタをするとそのきっかけさえ緞帳の向こう側に追いやられ目隠しをしてしまおうという世の中。始末が悪いのは、そうした目隠しがときには“善意”に基づいていることなのである。そして、その“善意”を隠れ簑にするかのごとく「そんなもの」と向き合うことをていよく回避するひとびと。しかし、そうした“善意”や逃げに対してすら、正面から応じることができるかもしれないという可能性を、本書と著者は示しているように思う。
ルポルタージュは「でもやるんだよっ!」の積み重ねである。
ところで、じつは買うさいにDVDの付録があることを知って、「なんでこんなモノをつけるんだ?」と思った。ルポルタージュの1冊にそうした映像のオマケが必要だととても思えなかったからだ。しかし、みてみて驚いた。これが面白いのである。少なくとも、この面白さに対してだけは自分なりのケリがついた。
収録されているのはかなり以前に収録された小人プロレスの中継である。6人タッグ45分3本勝負。いい試合だった。本書のなかで、「笑い」をとるところにも小人プロレスの味があることを表現されていたが、笑いどころか思わず見入ってしまうほどきちんとしたプロレスであった。単に小柄なレスラーがやっているだけのことで、ようは“リトル級”プロレスなのだ。技のキレもよく多彩。全体にリズミカルで飽きさせない。しかも、そんななかにちょっとした笑いもとれるツボをつくる。
これは本書のなかでも明かされているが、試合結果についてはきまっているフィックスマッチだという(試合の流れはアドリブらしい)。したがって、同じリング上の格闘技として、たとえば勝った負けたを本気で争っている(らしい)K-1だのの“総合格闘技”とやらとは単純に比較するわけにもいかないのだろうけれど、にも拘らず、あんなモノよりも数十段面白いと素直に思わざるをえなかった(あの“総合格闘技”中継の上げ底演出とそれに続く“難解”な試合をみて、いつも違和感とともにバカバカしさを覚えていたものだが、そうしたショウとして並べてみたうえでの質がはるかに上なのだ。もちろん小人プロレスのほうが)。
最後のレスラーが去り、もはやわが国には小人プロレスはないという。しかし、プロレスというエンタテイメントとしてみたときを含め、われわれが失ったのは、はたしてそれだけだったろうかという気がしてならない。
僕の住む町で、母親たちを集めた小さな講演会があった。招待された講師の先生は、こう語りかける。
「みなさん、みなさんはかわいそうな知恵遅れや重度障害者の施設を御覧になったことがありますか。もし御覧になっていないなら、ぜひ見学して下さい。彼らを見、そして理解して下さい。そうすれば、今の私たちが、なんて幸福なんだろうと思いますヨ。(中略)ぜいたくを言ってはきりがありません。みなさんは、今の幸福をかみしめるためにも、そういう施設の見学を、ぜひ、お勧めします」
集まった子供を持つ女性たちは、ひたすら頷いて、自らと自らの家族の、五体満足に生まれてきた幸福を実感したことだろう。(本書109〜110ページ)
そして、彼らを無視する側としてのテレビ。
彼らをテーマにしたドキュメンタリーを試みていたひとりの異端ともいえるプロデューサーの情熱は、放映という形で叶うことはなかった。
オンエアを拒否し許可しなかった責任者であるTさんの上司の回答がここにある。
1テーマが重すぎる
2テーマに社会性がない
3テーマに普遍性がない
「ハハハッ」と僕は悲しく笑う。
ただひと言、「そんなものテレビに出せるか!」と、吐き捨てればいいのに……。(同242ページ)
もうひとつだけ引用しておこう。
よく、差別なんて当たり前、なんて言い方をする人がいるけど、勝ち組にはイイけどね、負ける方にとっちゃたまらないですね。(同268ページ)
とまぁ、オレ自身もちょっとした偽善者なもので、本書を読みながらいろいろと考えてみては呻吟してみたり、しかし結論なんか出るわけもない。本書のなかでもふられているとおり、小人プロレスがレスラーたちの身体的特徴を見せ物にしたショウだという意見はたしかにあり、それに対して真っ向から異論をぶつけられるほどの経験も知識も覚悟もない。テレビ画面に彼ら(レスラーに限らず)を出そうものなら、「障害を見せ物にするな!」という投書が舞い込むともいう。それに対しても両論があろう。
そうした積み重ねのなか、現代ではそういう葛藤さえもみえなくなりつつあるとは言える。“異形”をことさらに無視してつくりあげられる“無難”な世の中。「差別とはなにか?」を考えようにも、ヘタをするとそのきっかけさえ緞帳の向こう側に追いやられ目隠しをしてしまおうという世の中。始末が悪いのは、そうした目隠しがときには“善意”に基づいていることなのである。そして、その“善意”を隠れ簑にするかのごとく「そんなもの」と向き合うことをていよく回避するひとびと。しかし、そうした“善意”や逃げに対してすら、正面から応じることができるかもしれないという可能性を、本書と著者は示しているように思う。
ルポルタージュは「でもやるんだよっ!」の積み重ねである。
ところで、じつは買うさいにDVDの付録があることを知って、「なんでこんなモノをつけるんだ?」と思った。ルポルタージュの1冊にそうした映像のオマケが必要だととても思えなかったからだ。しかし、みてみて驚いた。これが面白いのである。少なくとも、この面白さに対してだけは自分なりのケリがついた。
収録されているのはかなり以前に収録された小人プロレスの中継である。6人タッグ45分3本勝負。いい試合だった。本書のなかで、「笑い」をとるところにも小人プロレスの味があることを表現されていたが、笑いどころか思わず見入ってしまうほどきちんとしたプロレスであった。単に小柄なレスラーがやっているだけのことで、ようは“リトル級”プロレスなのだ。技のキレもよく多彩。全体にリズミカルで飽きさせない。しかも、そんななかにちょっとした笑いもとれるツボをつくる。
これは本書のなかでも明かされているが、試合結果についてはきまっているフィックスマッチだという(試合の流れはアドリブらしい)。したがって、同じリング上の格闘技として、たとえば勝った負けたを本気で争っている(らしい)K-1だのの“総合格闘技”とやらとは単純に比較するわけにもいかないのだろうけれど、にも拘らず、あんなモノよりも数十段面白いと素直に思わざるをえなかった(あの“総合格闘技”中継の上げ底演出とそれに続く“難解”な試合をみて、いつも違和感とともにバカバカしさを覚えていたものだが、そうしたショウとして並べてみたうえでの質がはるかに上なのだ。もちろん小人プロレスのほうが)。
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ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
なお、トラックバックおよび「コメント」は受けつけない設定にしております(当面はBBSへどうぞ!)。
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