改憲手続き法の成立である。
この事態そのものはもう驚くまい。議席数にあかせて、暴力的ともいえる段取りを合法で進めてきた政権。しかしこんなことは自民党の歴史をみてみればかれらのやり方そのものであり、まさにふさわしいといえる。しかも野党側の最大会派である民主は改憲を是としている以上は政権とほとんど変わらず、そんな状況下にあって国会が本質的な意味で正常に機能できるハズもないことを考えれば、はなから結果はみえみえだったといっていい。
たしかに、採決にあたってはいわゆる護憲派である共産・社民と並んで民主・国民新も反対はした。だが、少なくとも議場における数争いという点では採決に持ち込まれれば勝ち目がないことは明らかであったし、それ以前の段階で政権の目論みを崩す必要があったといえる。なぜもっと抵抗できなかった、あるいはしなかったのか?
この事態そのものはもう驚くまい。議席数にあかせて、暴力的ともいえる段取りを合法で進めてきた政権。しかしこんなことは自民党の歴史をみてみればかれらのやり方そのものであり、まさにふさわしいといえる。しかも野党側の最大会派である民主は改憲を是としている以上は政権とほとんど変わらず、そんな状況下にあって国会が本質的な意味で正常に機能できるハズもないことを考えれば、はなから結果はみえみえだったといっていい。
たしかに、採決にあたってはいわゆる護憲派である共産・社民と並んで民主・国民新も反対はした。だが、少なくとも議場における数争いという点では採決に持ち込まれれば勝ち目がないことは明らかであったし、それ以前の段階で政権の目論みを崩す必要があったといえる。なぜもっと抵抗できなかった、あるいはしなかったのか?
果たして、新聞の1面などに載せられているおぼっちゃんの表情を窺うと、なにか心酔したような、“ほたる”(*注)に酔って天にも昇ったような気分になっているような、少なくともその視線には他者が映っているようには思えない(いつものことだが)。
実際問題、こんな男のツラなどどうでもいいことだけれど、この政権が狙う改憲とはすなわち現9条の撤廃であり、法案がそのための具体的手続きの入口であること、さらに直前に実施された世論調査(共同通信。12・13日)の結果、9条について「今のままでよい」と現状維持を支持した層が62%(前回比+7.4pt)と過半数を軽く上回っていること、大半のマスメディアが無視しているだけで、護憲に向けての声が国民の間に拡がってきていることなどをみれば、この惚けたようなツラについて触れておくことも不要ではありますまい。ようはそんなセンスによって、少数意見が、たまさかの議会の勢力図によって強硬に進められているということであり、民主国家・日本の立法府というのは国民の声を反映していないということのひとつの証明となった。世論調査に裏腹な部分はあるにせよ、それにまったく耳を貸さない政権というのもどういうものかとふつうは思うものではないか。
テレビを中心とするマスメディアの反応も、その大半はどうしようもないものだ。ただ「可決しました」と報告するだけ。日本という国家の一大事であり、それよりは国民にとって、いろいろな面で非常に大きな意味を持つ“歴史的できごと”じゃないかと思うのだが、どうもこういう話題を追求することはお気に召さないらしい。改憲法案に関わらず、このところセットで進められている諸法案に対して、国会前などで挙げられている抗議の声をマトモに伝えるメディアがどれだけあるだろうか。「そんなものは話題にもカネにもならないから」のごとく無視を続けるメマスディアによって、大多数の国民はそんなことがあるという事実すら知らされないまま、日々の“お知らせ”漬けによって流されている。
そんななか、今日(15日)の「東京新聞」にはメディアにあるべき気概のようなものを感じることができた。
その1面、「重い歴史的任務負った」と題した記事には、この問題に対して『「急ぐ必要は全然ない」というのがわれわれの立場だった』とし、紙(われわれ)としての立場を明らかにしている。同紙には「試される憲法」という特集連載があり多種多様な人物による記事が寄せられている。しかしここにおける同紙の立ち位置は、基本的には護憲であり、もちろん反論はあろうけれど、ものの見方をあやふやにせず、きちんとみつめるという意味からいって大いに評価していい。「読売」や「産経」が改憲をあからさまに訴えているが、じゃぁなおのこと反対の立場のメディアも意見を表面すべきであろう(そういう点では、その論のクォリティーを含む中身はさておいて、この2紙についても評価はしている)。
1面の同記事では、「現行憲法核心の立憲主義や九条に手を加えてまで憲法を改定する緊急性があるとは思えなかった」とし、「今後建設的な憲法論議が可能なのか心配さえになる」と事態を憂慮している。また、同紙の社説シリーズ「憲法60年を考える」に触れ、「われわれがあらためて確認したのは現憲法の護(まも)られるべき多くの存在だった」ともしている。さきの「読売」「産経」あたりでは、現憲法が時代に合わないなどとの論旨で改憲のひとつの根拠としている内容もみかけるが、同紙にかかれば「施行六十年、なお憲法の精神は行き届かず、不徹底に思えるがどうか」となる。まさに然りであろう。この件についてはいずれあらためたいが、「時代に合わない」という考えそのものが、じつは逆立ちした発想なのである。むしろ、同紙の見方こそが現状にかなったものといえるのではないだろうか。
「未来社会と子孫たちのためでもある。腰を据えて考えたい」
と同記事は結ぶ。もっといえば、それは子孫どころかわれわれ自身が直面した問題であり、未来はそう遠いものでもなければむしろ間近に迫っているともいえる(もちろん同記事にはその部分も含まれている)。果たして、「腰を据えて考え」ているひとびと、マスメディアはどれだけあるだろう。
いみじくも同紙が「われわれ」と記したとおり、これは「われわれ」自身の大問題である。
*注:
*ほたる……「近代麻雀」(竹書房)連載中のマンガ、「博打流雲 ナグモ」(前田治郎)参照。
実際問題、こんな男のツラなどどうでもいいことだけれど、この政権が狙う改憲とはすなわち現9条の撤廃であり、法案がそのための具体的手続きの入口であること、さらに直前に実施された世論調査(共同通信。12・13日)の結果、9条について「今のままでよい」と現状維持を支持した層が62%(前回比+7.4pt)と過半数を軽く上回っていること、大半のマスメディアが無視しているだけで、護憲に向けての声が国民の間に拡がってきていることなどをみれば、この惚けたようなツラについて触れておくことも不要ではありますまい。ようはそんなセンスによって、少数意見が、たまさかの議会の勢力図によって強硬に進められているということであり、民主国家・日本の立法府というのは国民の声を反映していないということのひとつの証明となった。世論調査に裏腹な部分はあるにせよ、それにまったく耳を貸さない政権というのもどういうものかとふつうは思うものではないか。
テレビを中心とするマスメディアの反応も、その大半はどうしようもないものだ。ただ「可決しました」と報告するだけ。日本という国家の一大事であり、それよりは国民にとって、いろいろな面で非常に大きな意味を持つ“歴史的できごと”じゃないかと思うのだが、どうもこういう話題を追求することはお気に召さないらしい。改憲法案に関わらず、このところセットで進められている諸法案に対して、国会前などで挙げられている抗議の声をマトモに伝えるメディアがどれだけあるだろうか。「そんなものは話題にもカネにもならないから」のごとく無視を続けるメマスディアによって、大多数の国民はそんなことがあるという事実すら知らされないまま、日々の“お知らせ”漬けによって流されている。
そんななか、今日(15日)の「東京新聞」にはメディアにあるべき気概のようなものを感じることができた。
その1面、「重い歴史的任務負った」と題した記事には、この問題に対して『「急ぐ必要は全然ない」というのがわれわれの立場だった』とし、紙(われわれ)としての立場を明らかにしている。同紙には「試される憲法」という特集連載があり多種多様な人物による記事が寄せられている。しかしここにおける同紙の立ち位置は、基本的には護憲であり、もちろん反論はあろうけれど、ものの見方をあやふやにせず、きちんとみつめるという意味からいって大いに評価していい。「読売」や「産経」が改憲をあからさまに訴えているが、じゃぁなおのこと反対の立場のメディアも意見を表面すべきであろう(そういう点では、その論のクォリティーを含む中身はさておいて、この2紙についても評価はしている)。
1面の同記事では、「現行憲法核心の立憲主義や九条に手を加えてまで憲法を改定する緊急性があるとは思えなかった」とし、「今後建設的な憲法論議が可能なのか心配さえになる」と事態を憂慮している。また、同紙の社説シリーズ「憲法60年を考える」に触れ、「われわれがあらためて確認したのは現憲法の護(まも)られるべき多くの存在だった」ともしている。さきの「読売」「産経」あたりでは、現憲法が時代に合わないなどとの論旨で改憲のひとつの根拠としている内容もみかけるが、同紙にかかれば「施行六十年、なお憲法の精神は行き届かず、不徹底に思えるがどうか」となる。まさに然りであろう。この件についてはいずれあらためたいが、「時代に合わない」という考えそのものが、じつは逆立ちした発想なのである。むしろ、同紙の見方こそが現状にかなったものといえるのではないだろうか。
「未来社会と子孫たちのためでもある。腰を据えて考えたい」
と同記事は結ぶ。もっといえば、それは子孫どころかわれわれ自身が直面した問題であり、未来はそう遠いものでもなければむしろ間近に迫っているともいえる(もちろん同記事にはその部分も含まれている)。果たして、「腰を据えて考え」ているひとびと、マスメディアはどれだけあるだろう。
いみじくも同紙が「われわれ」と記したとおり、これは「われわれ」自身の大問題である。
*注:
*ほたる……「近代麻雀」(竹書房)連載中のマンガ、「博打流雲 ナグモ」(前田治郎)参照。
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