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猫池罵詈雑言雑記帳
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「強制性を裏づける証言はなかった」とするボッチャン首相の発言。いうまでもなく戦時中の「従軍慰安婦」に関するものである。
 このボッチャン発言そのものはなにも目新しいものではなく、戦時中に日本政府から国民に向けて流布されていた大ウソのひとつであり、当時の新聞やラジオがタレ流しにしてきただけでなく、現代になってもなお、ご都合的歴史解釈を旨とする一部の層からたびたび語られてきたものだ。ようは事実を向き合うよりも自室に隠ってせんずりでもしているほうがいいのだというあの世間知らずのボンボンの正体を問わず語りに表明したものであろう。したがって他者について慮る能力もなければ、他人の痛みについて想像することすらできないに違いない。「ひとりよがり」とはよくいった言葉ではないか。この発言だけでなく、あの男(スネオもか)の考える諸政策にはそんな底辺が共通して感じられる。そんな中年男を首相にしているとは、なんとも恥ずかしい国もあったものだ。

 今回の発言は、従軍慰安婦問題をめぐる問題で旧日本軍の関与を認めたとする1993年に出された“河野洋平官房長官談話”を否定する内容でもあり、とうのオボッチャンはとにかくとして、周囲がそれなりに慌てたことは想像に難くない。8日になると慰安婦の実態について再調査をするとオボッチャンが表明したが、そんなものがその場しのぎの策にもならない策であることはたいていのひとはわかっている(それにそんな“表明”の意味などオボッチャンは理解していないだろう)。 



 そもそもが、いまさらなにを“再調査”する必要があるというのか? これがより具体的な被害状況や実態を国をあげて明らかにしていくためというのであればまだわかる。だが、当時の日本軍が関与しただけでなく強制連行の類があったという事実はすでに明らかであり、そんなレベルにあって調査もクソもなかろう。自分でクソをしておきながら、それが自分のしたものなのかどうかさえわからないのと同じだ。
「強制性を裏づける証言」というのであれば、たとえば最近の「日刊ベリタ」にも掲載されている。
『「強制なしに誰が慰安婦になるというのだ」—元皇軍兵士父の遺言 安倍発言を怒る』

 詳しくはリンク記事をご覧いただきたいが、とうの日本人から語られたまごうことなき“証言”のひとつである。政府や自民党の諸君がなにを“再調査”するつもりなのかはわからないけれど、彼らが仮にこうした声にぶちあたったとしてもそれと正面から向き合うことが絶望的なまでにないのではないかという気がする。

 こんなセンスのわが国の首相について、犠牲者を抱える周辺諸国だけでなく、アメリカ合州国のメディアなどからも批判の声が挙がっている。
「ニューヨークタイムズ」は、「女性たちは強制徴用され、内部で行われていたのは買春ではなく連続レイプだった。日本は事実をゆがめることによって恥をかいているだけ」と社説(3月6日。原文が会員制ページのためリンクしません)を掲げたのをはじめ、「ロサンゼルスタイムズ」は「およそ20万人のアジア人女性を性的奴隷として強制した」と断じ、「(オボッチャンは)日本の右翼勢力による歴史の修正主義に迎合することによって(周辺諸国との)関係を台なしにした」と同じく社説で説いている(http://www.latimes.com/news/opinion/editorials/la-ed-japan07mar07,1,530290.story?ctrack=1&cset=true*注)。

 まぁ、原爆投下やこのあと触れる「東京大虐殺」に対する謝罪や補償すらしないあんたらにそんなことを言われたくないよという考えもあるかもしれないが、現在の日本が諸外国からみてどのように映っているのかということを知るひとつの指標にはなる。お恥ずかしいことである。

■虐殺の記憶を捨てたいひとびと
 1945年の今日、東京はアメリカ合州国による大虐殺舞台となった。「東京大空襲」(個人的には「東京大虐殺」を呼ぶことがある)である。3月9日深夜から無差別に行なわれたこの空爆は、タテマエ上では日本の軍需産業生産の末端が東京の下町に集中してあり、それを叩く目的だとされるが、それはどうあれ無差別に市民が虐殺されたという事実は否定しようがない。日本の家屋を研究し、より殺傷力を高めた兵器による一方的虐殺だ。
 3月9日の「東京新聞」がその事実を報じている。
 http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070309/mng_____tokuho__000.shtml

 子どものころ、近所のおばあさんから当時の様子を聞かされたことがある。そのひとは戦時中には小松川より千葉県側で暮らしていたと記憶するが、「対岸の空は真っ赤」であり、熱風すら感じられたなどと話していたと思う(具体的な記憶がやや薄れているが)。そしてどうやってか避難してきたひとびとの話……。もちろん、規模の大小はあれ、空爆の類はあちらこちらであった。一例を挙げれば、東京でも直前の1月23日には銀座周辺が狙われ、民間人を標的とした虐殺があった。校庭が機銃掃射の標的にされたという話も、遭遇したひとから聞いている。
 すでに勝敗の帰趨がつきつつあった段階にあってもなお、このような無差別虐殺を励行してきたアメリカ合州国。そのセンス上にのちの朝鮮戦争やベトナム侵略があり、現在のイラクがある。不思議に思うのは、現にこうして大虐殺を蒙る体験をしていながらも、現在もなお繰り広げられている虐殺に対してなんら想像力を働かせられないひとびとがあまりにも多いことである。それどころか、虐殺・破壊する側に再び回り、さらに強化するための準備を着々と進めているとは……。

「戦争とは、ひとを殺し、破壊することにほかなりません」
 写真家の石川文洋氏は、ある講演の冒頭でそう語った。
 戦争に至る過程にはさまざまな背景があり、戦争を仕掛ける側にとってはなんらかの“大儀名分”の類があるに違いないが、われわれ一般庶民にとってはようはそういうことであろう。そして殺す・破壊する一方では、殺され・破壊されていくのである。確実に。そんな単純なことがなぜわからないのか?
 報道によれば、現政権は改憲を前提とした国民投票法案をきたる憲法記念日までに成立したいとしている。もちろん最大の狙いは現9条の撤廃である。早急に手を打つべき懸案が山積みにされているというのに、ひたすら戦争参加への手続きを進めるのはなぜか? あたかも最優先させるがことしの遣り口だが、果たしてそんなものが“民意”だというのか? アメリカ合州国という1外国のために、そんなに戦争をしたいのか? かつて虐殺された経験をなんら活かすのでなしに、また新たに虐殺する側に立ちたいというのか? それが“民意”か? 仮にそうだとすれば「もう勝手にしてくれ!」とでも言いたくなるが、そうした“民意”に、起こるべき事態についての覚悟はあるのだろうか。われわれはひとりたりともその現実から逃避できないのだということを、少なくとも知っておく必要はある。


*注:
 ただし、この「ロサンゼルスタイムズ」の社説は、日本と周辺諸国とその関係を改善させることができるのは現天皇だとしている点に疑問がある。そうだとする根拠として、1992年に北京でなされた「日本が厳しい苦しみを中国の人々に課した、これは私の心からの悲しみである。こうした戦争が二度と決して起こってはならない」(抄録)という現天皇の発言を引用している。その発言そのものは大いに評価しているし、オボッチャンを含む右翼勢力にとっても十分に重みのある「耳の痛い」事実ではないかと思うが、だから天皇によって「謝罪」をし、それが政治家よりも決定的な意味を持つというのはある種の危険を含んでいるのではなかろうかとも思うのである。

*タイトル注:
「右手のあいつ」……クレイジーケンバンドの名曲のひとつ。アルバム「PUNCH!PUNCH!PUNCH!」に収録。
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 ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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