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猫池罵詈雑言雑記帳
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 新聞や雑誌などのメディアにとっての広告収入が経営上不可欠なものであることを否定するつもりはないし、正当な収入であると思う。それだけでなく、読者や視聴者が広告から得られる“有益な情報”もあるし、そのなかには「みて楽しい広告」だって少なからず存在する。しかし、このことは逆にいえば、広告がその媒体そのものを映す鏡だということもいえないだろうかと常々思ってきた。広告の出稿元をみれば、その媒体の性質を窺うことができるかもしれないというわけだ。つまり、掲載の傾向からその媒体の姿勢を推理することはあるていど可能ではないだろうかということである。

 ちょっと主旨から外れた例になるけれど、たとえば経済誌紙には金融関係をはじめそれ相応の業種からの出稿が多くなろう。エロ雑誌ならばエロDVD販売などの広告が増え、旅行雑誌ならば旅行に関係する広告があり・・・というわけである。これは、媒体の姿勢というよりも、読者層があるゆえの傾向ということにはなるわけで、当然といえばいえる出稿元ということになる。
 ところが、こうした読者の絞り込みのない媒体、とりわけ一般新聞なりとなれば、広告の規模や内容がその社の姿勢が反映されていることになりはしないだろうか。なにしろ基本的にはノンセクションである。部数や配布地域、規模にもよるけれど、たとえばサラ金広告が何件も出ていればよほど経営が大変なのか、あるいはサラ金問題に無頓着なのか、それとも業界を後押ししたいのかなどと考えてみたくなる……というわけである。また、これはテレビだけれども、AIGの破綻が伝えられてもなお流され続けている系列外資保険のCMなどをみると、なんだか背筋がゾっとしてくるというものだ。騒ぎが伝えられている最中のテレビニュースのCMに混ざっていたりしたのはブラックユーモアの類……なわけでもなかろうに。

 そしてそのボリューム。以前にも記したことだが、わが家では長年「朝日新聞」を購読してきて、ほんの数年前に取り止めてしまった。理由は簡単で「つまらないから」なのだが、もう少し詳しく述べると、せっかくの分厚い紙束の大半が広告であり、ようは読むところに乏しいからなのである。その日の紙面にもよるとはいえ、わずか4〜5分でスルーしてしまうこともしばしば。社説や特集に目を惹くものがあれば、もう少しは読むが。
 ところが、それを「東京新聞」に換えてみたところ、目を通す時間は増えた。広告が比較して少なめなこともあるが、紙面は「朝日」と比べて十分にみやすい。掲載のカテゴリーにそれほどの大差があるとも思えないので、おそらく読ませるだけの記事構成を「東京」のほうがきちんとしているということなのであろう。このことは、じつはわが家だけの特例ではなく、自分の周囲だけをみても「朝日→東京」組はけっして少なくない。なかには「読売→東京」なんていう極端なひともいたが(とはいえ、現状の朝日と読売との間にそれほどの差があるとは、残念ながら思えない)、理由を訊いてみれば、ほぼ例外なく「朝日はつまらなくなった。東京のほうが読むところがある」と答えてくる。断っておくが、これはこちらが購読を勧めたわけではない。「朝日」の紙面に失望して自然に離れていった真面目な読者たちなのである。元の長年の読者としては、あるいは尊敬すべき記者の存在を知る身としては、「朝日」の現状が心配でならない。

 はたして、先ごろは初の営業赤字転落が報道された。通年ベースでみて広告収入が200億円近くも減少したといわれるが、むしろ深刻なのは、先の決算でおよそ142億円が減少したといわれる売上高であろう。約7・7%の減収である(通年では▼4・4%)。ただし、こうした傾向は新聞業界全体が抱える問題でもあり、新聞社にとっては「いかに生き残るか?」という岐路に立たされているという見方もできよう。しかし、自分の周囲などという点をさておいても、「つまらないから」と離れた読者がそのまま新聞を見捨てたのではなく、別の「読むところがある」新聞に移ったことには注目してもいいのではないかと考えている。大局的にはインターネットなどにシェアを押されている状況も取り沙汰されているとはいえ、読むにあたいする内容であれば、カネを払う読者が少なからずいるのである。“業界不況”のように達観する以前に、内容の充実で読者を獲得してもらいたいものだと思う。

 さて、ここまではじつは前置きで、いまさらながらにわかりきったことをダラダラと記したのは、いよいよその「朝日」の転落が目にみえてきたことに触れたいからである。
 ネット上などですでにご存じの方も多いと思うが、9日づけの「朝日新聞」朝刊に仰天ものの広告が掲載されていた。金融機関7社共同による広告は、全面8ページを使った大規模なもの。遅ればせながら現物を拝むことができたので今回の記事にしたわけだが、なかなかに派手な内容であった。が、もちろん金融機関のものだからダメだとか、8面も全面使用することそのものを問題視しているわけではない(しかしカネを払って8面も同種の広告で占められていたら、買ったほうはたまったものではない。極論すればゴミを買わされたようなものだし、資源のムダです)。
 問題の根幹は、これが不特定多数の読者に向けて投機を宣伝しているところにある(個人金融資産の運用というが、ようはギャンブルへのお誘いである)。しかもこの世相である。“実態経済”という言葉がいまさらながらに流布され、カジノ経済とも揶揄される市場原理主義が破綻をきたし、その旗ふり役であるアメリカ合州国内部でさえ、その一部とはいえ新自由主義に対する異論や政策の見直しがいわれてるなか、「おまえらギャンブルをやれ」という大胆不敵な広告を掲載する大新聞。ジャーナリズムの役割というものがあるとすれば、今般の不況の原因の核ともいわれるそうしたマネーゲームの氾濫の実態を解き明かし批判の目を向けることこそにあると思うのだが、それがこのていたらくなのだ。

 さらに愚かなのは、この広告にあの竹中平蔵大センセイが登場し、しかつめらしくお説教をたれているところである。いうまでもなく、竹中という男は、アメリカ財界の傀儡であるコイズミスネオを支えわが国の経済を混乱に陥れた中心人物である。しかも、自らが任期中に議員を辞しているだけでなく、その辞任そのものの背景に「政治資金規正法」違反が取り沙汰されているような人物なのである。経済学ということでどのような思想を持とうとそれは自由というものだが、残念ながら彼が解く新自由主義そのものが否定されているのが世界のスタンダードである。大丈夫なんですか? こんな男に頼るわが国の金融業界、そして大新聞たる「朝日新聞」は?

 この竹中センセイに関して、雑誌『世界』1月号(岩波書店)で、小説家の高杉良氏がてっていてきにその正体を暴露している。
「改めて問う、小泉ー竹中路線とは何だったのか」と題する論文は、市場原理主義の敗北を軸に、今般の世界不況にさいしてわが国をより厳しい状況に陥れた張本人としてこの男を取り上げている。拙ブログで、現在の国内での消費低迷について、その主因を(テレビニュースなどがいうような)世界不況に求めることに対して疑問を呈したが(「阿呆を頭に抱くことの悲劇」)、政治および経済学的な面から検証したさいに、小泉ー竹中路線の失策こそが、現在の日本の状況がより重篤に陥らせているという指摘が、いみじくも本論文のなかでなされている。あんなタッグコンビに踊らされたメディアはこぞって恥じ入るべきである。

 それにしても。高杉氏の論文は、表題のまま「小泉ー竹中路線」を振り返る恰好の読み物となっている。ぜひ御一読いただきたいと思う。
 書きっぷりは辛辣だ。いわく「竹中は市場原理主義者でありながら、市場に関しては全くの素人と言われても反論できまい」(160ページ)であり、その数々の“証拠”が証言されている。あるいは(日本は)「内需が弱い。日本をよくすることは、サブプライムとは別に考えていく必要があります」という竹中氏の発言に対しては、[内需を弱くした「負の改革」を主導したのは誰なのか]と切り捨てる(161ページ)。さらに「ニッポンの作り方として、『民営化された日本郵政はアメリカに出資せよ』と是非申し上げたい」というおったまげるような竹中発言が紹介されている。断っておくが、これはそうむかしのことではなく、論文によれば今年4月に放映されたテレビ番組(BS朝日)中でのことである。とんだ“経済の専門家”もいたものだが、こうなってくると経済に無知というよりもなんらかの目的があって日本という国をアメリカ合州国に売り渡したいのではないかという邪推すらしたくなる。高杉氏曰くの「売国奴」は、こういう連中に対してこそ使うべき言葉であろう。
 そんな男がいまなお“一流経済紙”に登場し、いままた広告とはいえ大新聞の紙面を汚す。もとより、その正体を理解できたうえでの起用なのかどうかまではわからない。しかし、これらの新聞がこんなチンケな人物と同レベルというのでは世界に笑われても仕方がない。

 とまぁ、本論には驚愕しつつあまりのバカぶりに対して頭痛がしてくるような事実が述べられているのだが、高杉氏が最後のほうで紹介している『先読み日本経済』(アスコム)という本も壮絶なデタラメぶりなようだ。氏曰く「読むに耐えない駄本」には、郵政民営化問題について、「難しいことは確かです。日本郵政社長の西川善文さんに頑張ってもらうしかありませんね」という竹中氏の弁が掲載されているそうなのだが、これについては[「郵政民営化は日本の景気を回復させる原動力だ」と竹中は牽強付会敵な言辞を弄して国民を誑かしてきた。それがなぜ「西川善文さんに頑張ってもらうしかない」のだろうか。論理破綻に気づいていないとしか思えない](162ページ)と断じている。こんな人物が国を動かす中枢にいたとは、わが国の現代史にあってA級の汚点といっていいだろう。

 話を戻して、「朝日」の8面広告については、「先立つモノがなければ、マトモなジャーナリズム活動そもものが成り立たなくなる。いわば必要悪なのだ」といったような弁護もできるかもしれない。しかし、母屋を貸して軒を取られ……という言もあるように、このテの大規模広告出稿の背景には必ず見返りがある(そんなことはシロウトに言われるまでもないことであろうが)。はたして、今後の「朝日」は、この分野に関する正常なジャーナリズムが発揮できるのであろうか? むろん、今回の広告だけが問題なのではないにせよ。
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