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猫池罵詈雑言雑記帳
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 もう7月とは早いものである……。来週9日から1週間の日程で韓国取材に出かける予定なので、目下、その前に片づけておくべき仕事に取りかかっているところだ。
 やはり夏は旅行の季節ということなのであろう。大雑把にみて、日本を7月10日に出発するあたりから航空券の値段が上がっているように感じられる。それに加えて、日本〜韓国間ていどだとまだ我慢できる範囲とはいえ燃料代の加算があるため、格安切符に馴れた感覚では、8月などはべらぼうな出費を強いられる。……ということもあって、次回は9月下旬以降になる見込みなので、今回の取材旅行をいかに充実させようかとあれこれ思案しているのであった。

 ところで、旅行先で落書きに興ずるおバカさんもいて、なんだかちょとした騒ぎになっているようだ。その筆頭はフィレンツェ(イタリア)のサンタ=マリア=デルフィオーレ大聖堂に施された日本人大学生らによるシロモノであろう。ったく、いったいぜんたいなにを考えてるんだと言いたくなってくるが、もとよりこんなのは日本人に限った所業などではありはしない。なぜこんなあたりまえのことを確認するかといえば、タマタマみた民放のテレビニュースで以下のようなやりとりがあったからなのである。

「どうして日本人はこういう落書きをするんでしょうか?」
「そこには集団心理のようなものがあり……」

 正確には覚えていないけれど、おおむねこんなやりとりであった。キャスターと“識者”らしい女性との対話である。所用もあってコマーシャルを挟んだその後の展開をみることはできなかったが、問題は「どうして日本人は」というくだりである。
 とっさに感じたことは、「こんなもの、日本人に限ったことじゃないだろう?」ということであった。実際のところ、件の大聖堂に限ってみても落書きの規模と数とは相当にのぼったというのだが、うち日本語の落書きは全体の1割ていどだったということが後に報道されているから、この直感は正しかったのであろう(もちろん日本人が外国語でやらかす可能性もあるけれど、そんなのはおそらく誤差の範囲であろう)。そうなってくると、キャスターのお相手をしていた“識者”がどのように応じたのかが気になってくるが、「集団心理」云々と応えていたところからみて、日本人的現象として捉えていた可能性はある(このやりとりは「1割ていど」が判明する以前に放映された)。

 そもそもが「日本人だから」ということでひと括りにできることというのはどれだけありうるのだろうか。落書きについていえば、ていどの差こそあるかもしれないがそんなものは世界各地でみられるものであろう。まぁ、そういうカルチャーのない国や地域もあるかもしれないので世界中とすることは避けるが、オレ自身の数少ない外国体験でみても、そんなものはけっして珍しいものではない。アメリカ合州国のある都会なんかは、あちらこちらが落書きだらけといってよかった。ただいま取材中の大韓民国にもそこここにある。そんなていどなシロモノなのに、「どうして日本人は」としかつめらしく宣うセンス。これがわからないのだ。

 たしかに、なにかにつけ「どうして日本人は……」と言いたくなることはある。とりわけ政治の状況をみているとそう思う(だが、それも「自民党」という存在がいつまでも跋扈しているからこそ感じられるのであって、冷静に観察してみればとりたてて日本特有の現象というわけでもないだろう。むろん冗談の部類であれば、「どうして千葉県人は」とかあれこれやったりするものだが)。しかし、そういう思いつきの場当たり的な“日本人論”には惑わされないようにしたいものだ。古くは、山本ベンダサンというニセモノのユダヤ人──その後は日本人名で売り出したが──がほとんど全編をウソと詭弁とでこねまわした“日本人論”で世論を手玉にとり、なかにはそれなりの知識人でさえ騙されたことがあったけれど、それほどの悪質さはないにせよ、テレビキャスターの短絡ぶりには呆れ返ってしまった。

 なにかにつけ、ちょっとした紋切り型の印象を持ってしまうのは仕方のない部分もあろう。「日本人は〜」「韓国人は〜」「イタリア人は〜」「大阪では〜」「名古屋では〜」・・・もちろん、ある種の個性としてそうした印象がまるっきりの誤りではないことも少なくないし、なかには面白いなと感じるものもある。だが、そうした印象に対して、いまいちど反芻してみることもムダではないのではないか。これは果たして日本人特有の性格なんだろうか……そんなことを、だ。
 ちょっと話が飛ぶが、さきのサッカーワールカップ予選で、代表の大久保選手が相手ゴールキーパーに蹴りを加えて一発レッドカードによる退場処分となる事件があった。これを受けて、「日本人離れした闘志だ」のように持ち上げるバカがいるようなのだが、そういう輩にはぜひ考えていただきたい。こんな反則が「日本人離れ=進歩(と捉えているのであろう)」といえるのか? 「日本人離れ」の“見本”とされている(らしい)欧米人が、サッカーというかスポーツの試合においてあんな反則を好むのか? そもそもがあんなくっだらない反則をもって「闘志」などとどうして語れるのか? この“日本人離れ”という表現。コレにも「どうして日本人は」という紋切り表現と近いニオイがある。“日本人離れした美女”とかイロイロありますにゃぁ。嗚呼、こんなのはたしかに日本人に特有の奴隷根性かもしれん。もっとムネを張れよ、日本人!



*おまけ:
 またしても鉄道車両落書きがニュースになった。JR東日本の新幹線車両にべったりと落書きされている画像がネットニュースでも流されていた(いつも思うんだが、このテの落書きってのは、たいていはまんまアメリカ合州国の都会あたりでみられるある種のモノのマネですにゃぁ。なんの個性もセンスもない)。被害者のJRのほうもとんだ災難だったと想像するが、ちょっと訝ったのは、件の車両が運用予定であった列車が運休にされたことである。報道によれば発見されたのは午前5時ごろだというから、おそらく仕業前の点検などで発見されたのであろう。しかし、はたして代替できる編成はなかったのだろうかと思うのだ。たった1本の列車でも、車両変更がのちのちに影響するなど簡単な問題でないことはあるていど理解できるのだが、始発駅の東京までの回送時間(東京入線6時24分、同駅発32分)を考慮してもけっして不可能ではなかったのではないだろうか。これが不可能だったとすれば、落書きにせよ故障にせよ、編成になんらかの異状があった場合にはそのまま列車の運休につながるということである。そのほかにも、車両基地への侵入が許されたりという疑問もあるが、この事件、本当の被害者は運休のあおりをくったおよそ500人とされる乗客である(運休になった「たにがわ401号」の折り返し運用である「たにがわ404号」…越後湯沢発9時22分…はどうなったんだろう???)。
 個人的には、まるっきりの鉄道贔屓である。健全な鉄道なくして未来の交通はない。それゆえ、鉄道会社にはがんばってもらいたいのだ。
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 レジャーライター=植村誠の別館ブログです。
 ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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