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猫池罵詈雑言雑記帳
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 秋葉原で起きた連続殺傷事件は、1週間がすぎたいまも連日のように“報道”されている。
 事件のとりわけ背景についてさまざまな論評や憶測が飛び交っているが、そのなかにあって気になるのは、キーワードのように犯人が派遣労働者であったことが強調されている点である。いわく、生真面目な若者が現代的搾取の被害者となるなかで被抑圧の度合いを高めていったという類の見方だ。しかし、あれこれ伝えられているようにみえても、よくよく整理してみればその情報は極めて限られた内容にすぎず、そのていどの材料で犯行に及んだ青年のひととなりをつかめるとは思えないし、あえてつかもうとも思わない。ただ言えることは、いかなる事情があろうともあのような犯行が許されるものではないし、現代日本を覆う格差社会を検証してゆく過程にあって、この種の事件を象徴としたり一般化するわけにはいかないだろうということだ。いわゆる模倣犯を含めて、類似した事件が今後に起きないとはいえないとはいえ、過度に社会現象として結びつけるのは戒めるべきであろう。  

 さて、この事件を受けて、秋葉原を含むいくつかの町である種の厳戒態勢にあるという。まずは事件のあった秋葉原では歩行者天国が中止になった。

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_akiba_killer__20080615_24/story/15mainichiF0616m065/


 ホコ天が取り止めとなった秋葉原では、まんべんなく警官が配置され、通行者に情報提供を呼び掛けるビラ(なんの情報収集かはわからないが)を配布する一方、職務質問や荷物の“任意取り調べ”が横行している状態だという。秋葉原は歌舞伎町などとならび警官による一般市民への“任意取り調べ”が盛んな地として知られてはいる。しかしこういってはなんだが、いかに常軌を逸した大量殺傷事件が起きた直後とはいえ、これではまるでテロやクーデター騒ぎである。
 また、「毎日新聞」によれば、戸越銀座商店街(東京都品川区)でおよそ40台の監視カメラの設置を急ぎ(4年後に予定されていたものを今年度中に繰り上げたという)、大宮銀座通り(埼玉県さいたま市)などで警官の巡回を増やすなどの施策を打ち出しているという。おそらくその意味や効果を検証することなしに監視カメラの導入がますます増えてくるに違いない。

 防犯という点で、なにかの策をとることはあたりまえであり、警察と連動することはもちろん、場合によっては監視カメラの設置がやむを得ないこともあろう。だが、一連の騒ぎをみるにつけ、そこに紋きり型の発想が感じられるのはオレだけだろうか?
 そもそもが、今回のような事件は、たとえば監視カメラが始終見張っていれば避けられたのか。警察官が密集して見張っていれば起きなかったのだろうか。歩行者天国が犯行を誘発したなんていう事実や関連性はあったのだろうか。言い方を変えれば、この種の事件はいつどこでも起きる可能性はあるともいえる。ということは、極論になるけれども、日本中を監視カメラだらけにして、それこそスズメやカラスをみかけるかのごとく警察官が町といわずどこといわず監視を続けているような社会になれば防げると考え、そういう世界を望むということなのだろうかとも訊いてみたくもなる。
 今回の事件の報道に接して最初に思ったのは、監視社会を望む側が事件を利用しかねないのではないかということであった。監視カメラの増加や警察官の縦横無尽な“任意取り調べ”などはその一端である。もっとも強く窺えるのは権力強化による“防犯”だ。細かなところでは、ナイフ所持の規制強化がどうしたのと場当たり的な施策も取り沙汰されているけれど、監視する側にとってはまたとない事件であったという見方もできる。
「ほうら、殺されるよりは監視されるほうがマシでしょう」
 というわけだ。
 しかし、繰り返すように権力による過度の監視や規制が今回のような特殊な事件をどこまで防げるのかについては疑問を持ってもいい。「防犯カメラ」と呼ばれる監視カメラが防犯の役に立ち、警察官の巡回によって犯罪を未然に防げたとしても、それが副産物でないと言い切れるのだろうかと思うからだ。むしろ過度の反応によって失われるもののほうが心配である(ついでに言及すれば、今回のような事件が共謀罪導入の口実にされないかどうかも心配だ)。
 実際のところでは、たとえばホコ天の中止などについて疑問を感じているムキも少なくないという。いくつかの報道でも、監視強化に対する疑問を呈する声も少なくなく、付和雷同の度合いがまだまだ一部に限られていることを窺わせているのが救いといえるかもしれない。

 さて、こうした施策について疑問を感じる一方で、その心情については理解できる部分がないわけではない。権力におもねるのではなく、市民レベルでの防犯ということであれば、あれこれ試したり議論するのは大切なことともいえる。問題は、たとえばこんな愚論が正論を装って出てくるあたりにもあろう。

 http://www.jiji.com/jc/zc?k=200806/2008061300418&rel=j&g=eco

 http://www.asahi.com/job/news/TKY200806130155.html

 無差別殺傷事件が起きた。その容疑者が派遣労働者であった。その事実から背景を単純化し一般化し、じゃぁ“日雇い派遣”を「原則禁止」にしようという単なる場当たりな思いつきの発想。“日雇い派遣”に限らず、現代型搾取たる労働者派遣そのものが問題化されてきたなかでなにをいまさらではあるが、「原則禁止」の意味するところも曖昧模糊としているだけでなく、こんなタイミングで表明されるあたりがなんともおぞましい。こんな場当たり発言をしているヒマがあるのなら、そのモトを正せる施策を早々に打つべきである。むろん、政府が目論んでいる消費税増税などもってのほかということだ。



*補足:
 ちょっと「ありゃ?」と感じる部分もあるが、藤原新也氏のつぎのコラムには納得させられる部分がある。
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php?mode=cal_view&no=20080614

『日本の若者を1「資源」と見な』すという指摘はまさに同感であり、その仕組みを正当化したのがさきの小泉政権であるということをここで再認識する必要がある。そして、労働者を資源とみなすということは、いわば「自由な奴隷」を制度化することとはいえないか。しかしこれはわが国もまた諸外国で近しいことをやってきていたものが、こんどは国内でやりはじめられたともいえそうな気がする。自民党政権(と財界)は、国民を“宗主国”の奴隷として差し出したのだ。彼らがなにを言い訳しようと、もはや一切の信用をしないことである。
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