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猫池罵詈雑言雑記帳
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 29日まで韓国取材。ほんのちょっと日本を留守にしていたわけだが、あちらのテレビニュースではごく稀にコンクリート屋の面が映し出されたていどで、日本でのできごとはほとんど報じられていなかったように思う(よほどの事件でもなければこんなのはあたりまえかもしれないが)。
 しかし、なんどかあちらこちらの街を歩いてみて感じるのは、ことあるごとに日本への対抗意識を発露させているようにわが国で報じられているのとは異なり、じつはそれほど相手にしているわけではないということである。むろん、政治的集会はもとよりスポーツの国際試合などでも日本に対する「おまえらには負けられない」といった感情があからさまにでてくるし、なかには心底日本や日本人を嫌っているヒトだっているハズなのだが、しかしこれはなにも韓国に限ったことではなく、背景は異なれど日本人にだってあろう。だが、一般的に日本人が想像しているほどには嫌悪の表情はみせないし、じっさいに「独島(竹島)の問題で、日本の国のやり方はおかしいと思いますけれど、そうした部分を除けばわたしたちはあまり(日本がやることに対して)気にしていないんです」という声も聞いた。むしろ、われわれ日本人が、韓国のことをどれだけ知っているか、あるいは周辺諸国との関わりを含めて、どれだけ近代史について認識しているか(*注)、そちらのほうがより重要であろう。それがあってはじめて彼らと対等に話し合えるのだし、仮にあちら側に問題点があれば、それはそれで指摘できるということなのではないだろうか。  

 前置きが長くなってしまった。帰国して最初にアタマを抱えたのがつぎのニュースである。

[「麻生さんのおうちを見にいこう」のどかな企画に警察暴力—関係者に聞いた現場の真実]

 あるいは記事とは異なる見方もあるかもしれないし、これまで起きているさまざまな市民弾圧の実態と照らし合わせれば仰天するほどのできごとでもないのかもしれない。だが、(記事どおりだとすれば)こうした公務執行妨害のでっちあげが堂々とまかりとおり、いあば架空の犯行を前提にした別件逮捕が起こっているという点を、われわれ一般市民はきちんと知る必要がある。彼らのなかには、政治的認識を持って現場に臨んだひともあろうし、あるいはそうでないひともいたのであろう。思いきりなにかを訴えたいひともいれば、そうでない参加者だていたハズだ。ようは、話題の首相の自宅(豪邸)をみてみたいという素朴な集まりである。しかも(記事によれば)警察官からの指示にも従い、問題行動と目されないような配慮すらなされていたようである。そういう集団に警察官が一方的に体当たりして逮捕とは……。こんなのが認められるようであれば、単に歩いているだけでいかようにでも逮捕・拘留が可能になってしまう(関連する事実として、白川勝彦氏の記事「忍び寄る警察国家の影」もお読みいただきたい。こちらには氏が不当に職務質問を受けた体験が詳らかに記されている)。

 さらに言えば、この渋谷での事件はたとえ問題視するにあたらない集まりであったにせよ集団と行動とがあったのに対して、仮に共謀罪が成立すれば、単にイベントとして募っただけでも十分な逮捕要件になるところにも注目しておく必要がある。また、こんな小物ブログなどは相手にされないとは思うが、ここで仮にコメントや掲示板などを通じて「渋谷警察署許すまじ。こんど抗議に乗り込もう!」などといったやりとりをするだけで、これまた犯罪としてでっちあげられる可能性だってあるのだ。
 この豪邸見学事件が孕むおそるべき現実を、けっして見逃してはならない。

 いまひとつ目を惹いたのは、“空前の利益”とやらがちょっと前まで伝えられてきていた巨大銀行が、この10年間にわたって法人税を納めてこなかったというスッパ抜きである。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-10-30/2008103001_01_0.html

 とてつもない“優遇”だ。彼ら巨大銀行には、カネはあるのである。本来ならば法人税を納める義務を負っているにも関わらずこんな実態がまかり通っているのは、いうまでもなく政府が特別扱いをしているからである。しかも公的資金などと呼び換えられたわれわれの税金すらまる儲けにしている。政府がかくのごとく不平等な制度を導入したのは、表向きには巨大銀行の破綻がもたらす影響を慮ってのことであろうが、ところが実態はといえば、彼ら銀行は利益を自社で丸抱えし、本来の社会的役割であるハズの融資を縮小、かつあれこれ難癖までつけて借金の返済を融資先に迫るという“貸し渋り・貸しはがし”が半ば常識と化している本末転倒ぶりである。そんな状況のなかで消費税を増税するなどとほざく自民公明民主だ。

 カネがなければカネは払えない。映画監督のマイケル ムーア氏は「ウォール街の混乱のおさめ方」として、「救済経費は富裕層がはらえ!」と主張しているけれど、あるいはこういう実態が重なるなかでやがて“革命”のような波が生まれてくるのではないか? そんなことを思った。数々の近代革命では、ときに巨大な流血沙汰すら起きてきたが、“暴動”の波を起こした大衆の気持ち、さらにそれが向けられる側の必然というものがみえてくるようではある。

 いまひとつ、やや関連するものとしてエキスポランドの破綻について触れておきたい。

http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_expo__20081030_4/story/20081030hochi068/

 事件の詳細は省く。このリンク記事は、死亡事故(事件)を起こしてなお経営が続けられてきたエキスポランド(大阪府吹田市)の経営破綻について、おもに事故の犠牲者側の視点を重視して伝えたものである。いわく「つぶれて当然」。
 これは被害者の遺族のコメントでもあり、その気持ちは十分に理解できるものである。もちろん、会社がなくなったからといって犠牲者が戻ってくるわけではないけれど、その後も営業を続けているなどということは、なによりも許せなかったに違いない。だが、遺族の気持ちはそのとおりだとして、はたして「つぶれて当然」などということはあるのだろうか。
 ある種の反社会的企業のなかには「さっさとなくなってくれ」とでも言いたくなるところがいくつもあるし、このエキスポランドにせよ、あるいはあのリーマンブラザースにせよ、破綻したことに対してこれっぽっちも同情する気にはならないが、しかしそれだってそこで現実に働き、生活の糧を頼ってきたひとびとがいたのである(リーマンのそれなどは別かもしれないが)。経営者はともかく(むしろこれこそが完膚なきまでに責任を追求されなければならない!)、末端で働くひとりひとりもまた犠牲者ではないのか。彼らのなかには、この破綻によって明日の住居や食事すらままならないひとだっているかもしれないのだ。この「つぶれて当然」という見出しのなかに、はたしてそうしたもうひとつの犠牲者に対する視線がどれだけ込められているのかが気になってならない。


*注:

 わが国の学校教育で、カリキュラムの流れのうえでの問題もあって、結果的に近代史以降がないがしろにされるという実態を重要視すべきであろう。この実態がある種の“狙い”なのかどうかはともかく、とりわけ周辺諸国との近代史認識に対するギャップを生じされているからだ。個人的には、歴史教育は現代からはじめて古代にまでさかのぼり、さいど現代に戻るという流れのほうが、学ぶ側にとってより身近になるのではないかと考えているし、事実のハッキリしない古代史などは、少なくとも義務教育期間においてはそれほどの重要性があるとは思えない。だからといって切捨てることを是とはしないし、ロマンの類は感じるけれど、それは近現代史教育を犠牲にしてまで子どもたちに叩き込むべきものかということについては大いに疑問がある。
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 ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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