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猫池罵詈雑言雑記帳
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 東京ドームシティアトラクションズ(旧・後楽園ゆうえんち)で起きた死亡事故は、その捜査段階において従業員による安全確認が不十分だったことが浮上してきている。
 事故は30日に起きたもので、ジェットコースター型の乗り物から男性が転落、およそ2時間後に亡くなったというもので、乗り物に付属している安全装置(安全バー)の装着が不十分だった可能性が指摘されているという。報道によれば、亡くなった男性が乗車のさいに安全バーがきちんとロックできない旨を同乗者に語っていたらしいが、そのさいに当然なされるべき従業員による安全確認がなされていなかったという話もあり、もしそのとおりだとすれば基本中の基本をおざなりにしている現場の責任は逃れえないだろう。しかし、この事件の報道をみるにつけ、これは当該の遊園地のみならず、わが国に蔓延しているある種の現象を象徴しているのではないかという気がしてきている。

 ちょうど韓国取材にでかけていた17日、JR東日本で大規模な運行トラブルが発生している。これは、直接的には大雪など気象的要因があったにせよ、いまひとつ重要な原因として同社が開発し導入したコンピュータシステム「コスモス」の処理能力が現場の事態に及ばなかったことが挙げられている。事故などなんらかの原因によりダイヤが乱れた場合、本来は指令室がダイヤ変更などの処理をし、つぎつぎと現場に伝えられてゆくのだが、そうした人的コストを嫌った同社が機械任せにしようとしたものが、じつは大いに役立たなかったわけだ。言い換えると、現場の人間や組織が経験によってこそ積み上げうる技術を軽視し、机上のデータや門外漢の技術でフォローできると錯覚したのであり、原則的に守られなければならない手順や規則(ようはマニュアル)すら遵守していなかったその結果がこれなのであろう(背広組の限界ともいえまいか? 本来は“職人”組と一致団結しなければならないハズなのだがたぶんそうなっていないのであろう)。

JR各社は、団塊世代の大量退職で技術継承が共通課題。国土交通省幹部も「長い歴史で積み上げた『現場の勘』を次世代にシステムとして引き継ぐ意義もある」と話す。  同社は08年からは従来の4時間先から終日予測可能な設定に切り替え、現場の利便性向上に応えたが、その過程で、システムの容量の再検討を見過ごしてしまった。ハード面では二重三重のバックアップ体制を取り、システムの信頼感が高まっていたが、同社の開発担当者には「自動化の進展は半面で異常時における人間の対応能力を妨げる」との懸念もあった。今回のトラブルでは現場の担当者にシステムの限界を知る人は誰もいなかった。
──「毎日新聞」18日配信記事

 この「毎日」の記事からは、少なくとも担当レベルにおいて実際のトラブルへの対応能力の有無が懸念されていたことを窺わせるが、とすれば、社としてそうした声を活かす能力がなかったということである。同社が安全に対して安易ともいえる体質であることは、ここ数年にわたって散発していたいくつもの事故が物語っているが、ひょっとするとアタマからケツメドに至るまで徹底的に腐りきっているのではないかとも疑いたくなってくる。

 同社では「次代に伝えたいメッセージ2010」なる社員意見発表会を事件の2日後に開いている。その席上で、同社・清野智社長が「自分の意見をまとめ周囲に伝えることは、常々訴えている『自ら考え、行動する社員』の姿と重なる。1人1人が意見を自分の言葉で語ることが当社の力になり、当社を素晴らしいものにしてくれるはず」(「交通新聞」1月20日)と語ったという。しかし、日ごろ同社を使っている感想を述べれば、同社にあってそんな社員は知る限りにおいてはごくわずかな存在であり、いわんや組織全体がそうしたやる気のある人材を活かせる形になっているとはとても思えない。むしろマニュアルを遵守しなければならない、あるいはマニュアルに沿った仕事しかできないような人間の集まりなのにも拘わらず、肝心のマニュアルすら十分に守られていないのではないか? そうした実態を上層部が知ってか知らずかはわからないが、人的能力を放棄し安全を機械任せ、マニュアル任せにする。その結果のひとつとして件の運行トラブルが起きたと考えるのははたして筋違いだろうか? あえていえば、JR西日本の福知山線事件のような大規模人的災害に(少なくとも今回は)つながらなかったことを感謝しつつ、組織全体から末端にいたるまですべてが自らを戒めるべきである(件の会合テーマは「私が感謝していること」だったそうな)。でなければ、やがてより重篤な事件を引き起こすであろう。

 現在、日本の鉄道ではほとんどなくなってしまったが、かつてはタブレットという「通行手形」のようなものを使って列車の衝突などを防いできた。単線区間で一定の閉塞区間を設け、タブレットを持つ列車1本のみがその区間の通行を許されたのである。もちろん、各駅などにおいて人的な安全確認があってのことであり、ダイヤを確認したうえで実際の通行を目視しているのだから、仮になんらかの事情でタブレットが運転士に渡せなかったとしても、実際の運行が不可能であったわけではないだろう。にも拘わらず、タブレットを運転士が手にし、きちんと確認しなければ一切の通行ができないことが厳格に守られてきたのが日本の鉄道なのである。時代が変わり運行システムは向上したけれど、それはそうした厳格さが失われていいということではないハズだ。しかし、昨今いくつかの会社における実態をみるにつけ、そうした基本がどこまで守られているのだろうかと疑わざるをえない。もっといえば、鉄道に対する愛着や熱意のカケラすらない連中が、わが国の鉄道を失墜されているのではないかとすら思う。

 ひるがえって、東京ドームで起きた事故の背景に、JR東日本にみられるものと同じものがあるとみている。すなわち、基本の軽視であり、それが組織に充満しているのである。ひとつの象徴として繰り返せば、マニュアルに沿った仕事しかできないようなひとびとがそのマニュアルすら守れない無能と化したのかもしれず、あるいはそうしたマニュアル仕事に向かないひとびとが適所となる仕事を得られていないのかもしれないが、あえて厳しくいえば、そうであればさっさと仕事を辞めるなり変えるなりしてほしい。世の中には能力ややる気があっても仕事の場を得られないひとびとがいくらでもいるのである。逆に、基本すらこなせない人材や組織でよしとする組織など、いずれ滅びるに違いない。
 こうしたことを記すのは、このところそうしたマニュアルすら守れない(かつ仕事に対する誠意すら感じられない)能なしサラリーマンおよび組織にイヤというほど遭遇しているからであり、ひょっとするとこれが現代ニッポンに巣食う病根のひとつなのではないかとすら疑いはじめているからである。派遣制度など不平等な雇用システムや企業側による理不尽な対応も含め、現在のわが国は人材を活かす気概もなければ、育ててゆく意気込みもほとんど感じられない。その過程に生まれてきたのが無能社員であり、欠陥組織であり、重大事故の類なのである。そんな国の先に待っているのは間違いなく滅びの道だ。これは本当におそるべき事態だと思うのだが……。
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 ここではおもに時事ネタを中心に独断と偏見にて雑感を記してゆきます。本館サイトアトリエ猫池ともどもお楽しみください。
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